取りあえずの自由を自由として味わえば、それで満足する人もいれば、どこまでも自由でなければ満足しない人もいる。満足感と一緒に語られる自由が、自由として大手をふるう。何とも罪なものだ。
いけないのは、見せかけの自由を目の前にちらつかさせ、人を操る人だ。頑張ればちょうど手が届きそうなところにそのようなものをちらつかせるのは何とも腹黒い手口だ。その手口を次なる者に何の臆面もなく平気で感染させながら、恩着せがましくふんぞり返っている御仁は、愚か者以下の情けない何かだ。
その何かが「人間というものはそんな綺麗なモンじゃないよ」と言わんばかりの知ったふうな顔つきで生きているのを時折見かけるが、これにはいささかげんなりさせられてしまう。そうしたところから早く卒業してほしいものだ。
若い世代の人々は学生のうちに自由というものをしっかり理解しておかねばならない。もっとらしいシステム、もっともらしい思想、もっともらしい情報や知識。そうしたものにいいように操られて、それでへらへらしていられるのは、それはそれで幸せなのかもしれない。しかし、年相応の洞察力を身につけ、是を是とし、非を非とすることに命をかけてほしい。そこに必要なのが「自由」だ。生き生きとした自由というのはそういうものだと思う。
現代日本人は、こうした根本的は意味での自由を恐れているようにみえる。そのように仕向けられているのだから仕方ないのかもしれないが、知っていてそうした状況にあるのと、知らなくてそうした状況にあるのとでは、天と地ほどの差があるというものだ。
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