突然思い出したこと149「死んで星に」

 人は死んで夜空の星となる。こんなロマンチックなセリフを突然思い出した。
 夜空に限定する意味はあまりないが、確かにそうだろう。とはいえ、死んだ日の夜、その空に見える星となるわけではない。しかし、長い年月を経た後に、必ずそうなるともいえる。輝く星になるか、ただの星屑になるか、勿論、そんなことは知らない。もっとも、宇宙自体の寿命がそこまであるかどうかは怪しい。
 また、人一人で一つの星になるほど世の中は変じゃない。ましてや星座になどにはなりようがない。星座であれば、誰かそれを星座として見ている人がいなければならない。それでなくては星座といってはいけないだろう。
 星屑、星、星座とやらになった人、そしてそれを見て確認した人がいるとすれば、それはつまり、人は随分と長く絶滅せずにいなくてはならないということだ。
 到底無理な話だ。

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心の断片327「リュックの中身」

「リュックの中身」

布ガムテープ一巻
大型カッターナイフ二本
シュラフ一
隠し金二十万
携帯電話一台
同充電器一台
大型手帳一冊
筆記用具一本
ハンマー
ロープ十m
五百CCペットボトル二本
常備薬一月分
ポリ袋十袋
ティッシュペーパー一箱
そうそう
ルーペと双眼鏡
山里伝いに
軽く汗かく
水うまし
固いシートに寝そべる
プチ探検の
さわやかなひととき

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心の断片326「僕たちの正体」

「僕たちの正体」

同調するということは
頭を使わないということだ
頭を使わないから
とにかく楽だ
楽でしかも安全だ
たとえ
危険でも
楽で安心だ
安心だからさらに同調し
同調し続けるから
仲間が仲間であることの意味があり
思いやりや
誠の愛や
縁というもの
不思議というものに
価値が生まれる
同調するということは
妥協でも
脅しの結果でもなく
進化の末の
合理的な脳の
故に悲しい脳の底辺にある
大いなる怠慢だ
そんな脳の容れ物が
僕たちの正体
頑丈で虚ろで
そして美しい
だから無条件に
大いに喜ぶべきなのだ

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心の断片325「もう昔と違うんだよ」

「もう昔と違うんだよ」

死ねだの
うざいだのと
いちいち言うのは
ちびっこなんで
相手にしないだけなのに
認めてくれねえのかだなんて
そりゃ無理だ
まあ脛に傷もつ
物好きな大人が
かまってくれるかも
それでいいなら
ほざく価値ありかもな

そりゃ
生きれてば
誰でも死ねって
死ねってことは
だから
頑張ってくれって事なんだって
生きてれば
人とたくさんかかわる
だから
迷惑かけるってことだろ
つまり
最初から
誰もがうざい存在なんだって
それは承知
お互い様だから
平気にしてるだけなんだよ
だのに
わざわざ口にするのは
結局
構ってもらいたいだけなんじゃないか

たぶん
辛いことがたくさんあったんだと
だれかに言われちゃって
その気になったんだろね

もう昔とは違うんだよ
わかってもらう価値のある奴に
自分がならなきゃ
どうにも生きていけないんだって

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日々雑感316「主体的な気分」

 朝のひとときをどう過ごそうか。慌ただしく、重苦しく過ごすのか。それとも、晴れやかに胸をふくらませて過ごすのか。それはどちらでも好きな方を選べばよい。気分によって、服装を変えるように、好みの比率で毎日に織り交ぜていけばよい。所詮は気分の問題なのだから、あたかも気まぐれに自分で一日の始まりを彩ればよいのだろうと思う。
 そのような気分にはなれないという人もいるかもしれない。現実あっての気分ではないかというかもしれない。でも、どんな現実があろうとも、その現実は事実であるという一点においてのみ真実であるのだから問題はない。自分や自分の身の回りの実情に応じた「事実として切りとる形」を、そして「その事実の意味合い」を、自分と自分の周りの人々の実情に応じて、良くも悪くも都合のよいように設定していくだけのことだからだ。そして、それこそが僕たちにとって必要な気分というものではないだろうか。

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変な疑問124「雪男」

 「雪男」の話が何年かに一度は報道される。不思議なのは、それが当然のように男だと断定されていることだ。「雪男」がいるのならば、「雪女」がほぼ同数いるはずだ。足跡などが発見されたときにそれを男だと判断する材料はいったいどこにあるのだろう。
 姿を目撃したという話を聞くこともある。大抵は裸の姿だ。裸だから男だと断定するための身体的特徴が発見できるのかもしれない。しかし、「雪男」はその名の通り寒冷地に棲む生き物であるため、裸である以上は相当に毛深いはずだ。だから、実のところ男女の区別はつきにくいのではないかと思う。もし、服を着ていれば、通常の人間同様に、その服のデザイン等によって性別が判断されることも考えられなくもないが、もし服を着ているのならば、男女の判別がつかないほどの毛深さではない可能性が高い。しかし、今のところ服を着ているという情報はどうにも見あたらないので、相当に毛深い生き物なのではないかと思われる。
 もしかすると、足跡付近に残されていた体毛から得られた情報を分析して男だと判断されたのかもしれない。もちろんその場合、「雪女」の体毛は発見されなかったのかという疑問は残る。とにもかくにも報道内容は「雪男」ばかりのものであることだけは確かだ。
 その理由の一つとして、日本人にとって「雪女」というものが人を凍死させる妖怪に分類されているということがあるだろう。そのため、外国の情報を日本語訳するときに、この「雪女」という日本語を使用しづらいという事情があるというわけだ。しかし、もしそうなら、仮に「スノーマン」という語が使われていた場合を考えると、マンには人という意味と男という意味があるのだから、その時には「雪人」というような造語を作ってもよいのではないかと思う。これは一つの不手際だと言えないだろうか。だが、どうもそういうことを改善しようとする気配はこの国にはなさそうだ。その手の生物はすべて性別に関係なく、「雪男」と呼ぶのが慣わしになってしまっているかのようにみえる。こうしたことを変えられないことの裏に、科学的な物の見方を軽視する風潮が報道機関の中にあると考えるのは、言い過ぎだろうか。
 そうしたものが少しでもあれば、「雪男」などよりも現実的でもっと大事な社会問題を扱う場合にも、さまざまなマイナスの影を我々の世界に落としてはいないだろうか。もっとも、報道機関が意図的に且つ積極的に科学的な物の見方(自然科学に限らず社会科学も含めて)を軽視しているのではない。割り切らねばならないことが多い仕事だけに「社会常識だ」「報道の世界ではあたりまえだ」「うちのやり方だ」という意識が強く根を張ることとなり、自己の世界の「当然」を評価し直したり、報道機関であるが故に他の世界から不手際を指摘されたりしてこなかったというだけの話かもしれない。
 あらゆる機関が崩壊する運命にあるように、報道機関も例外ではない。しかし、報道機関が自壊しながらもステイタスを保っているように見えるのは、報道機関の組織としての底力や末端の現場で汗水流している人々の使命感の高さによる支えだけではなく、そうした「裸の王様的な体質」による自作自演効果も多かれ少なかれ含まれているのではないだろうか。

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心の断片324「へび」

「へび」

3Dパズルの
からくりに
おまえ潜んでいただろ
猫背になれないのも
手足がはえてこないのも
そのせいだと
どうしても言いたいんだろ
じゃあさあ
尻尾じゃなくて
頭から仲間をのみ込むのも
そのせいなのかい

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