日々雑感46「変形世界」

 安部公房の文章に「棒とひもが人類の道具の原点」というようなことが書いてあったように思う。彼の考えなのか、誰かの受け売りなのかはわからない。
 考えてみると、「てこ」「ころ」「バット」「耳かき」「爪楊枝」「弾丸」「杖」「電線」「アンテナ」「針」「刀」「電柱」……確かにこの棒の延長線上にあるものが多い。「綱」「網」「ベルト」「ベルトコンベアー」「鞭」「糸」「布」「電線」……やはりひもの延長線上にあるものも多い。これらを組み合わせると「棒」の先に細いひも状のものをつけて「ほうき」、「棒」と「棒」を環状の「棒」の連続である「ひも」状の鎖でつなげばカンフーの「ヌンチャク」になる。組み合わせなくても「ころ」を輪切りにして「車輪」にすることができる。
 原点があって、そこからいろいろなものが派生してくる。何かが何かのもとになっている。変形し、組み合わされ、進化していく。生物の体の仕組みも同じだ。心も体の仕組みの延長線上にあると思う。人間という体には心が必要なのだ。これは何が変形したものか。生きる手段が変形したものであることは間違いない。これがどのように変形するか。マインド、スピリット、ハート、ソウル……目には見えない変形が、僕たちの体を操り、僕たちの体にあらわれ、僕たちの体から放射される。
 さて、生物の延長線上には何が来るのか。まず、物を操る生物。そして、物をまとう生物。そして、一部「物」化された生物。そして、「物」に置き換えられた生物。問題は次のステップだ。何がどう変形し、どう組み合わされ、それが何を生み出すのか。
 かつて、宇宙には意思があると唱え、宇宙は人間のために存在していると考えた科学者たちがいた。科学が進歩するにつれ、その数が増えるか減るか面白い。
 もしそうなら、この世界での変形は、人間のために行われていると考えなくてはいけない。彼らの考えが、現在どう評価されているかは別として、少し耳を傾けてみたい。世界観に幅ができれば、それだけでも日常生活を十分に楽しむことができるからだ。

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