自己分析シリーズ9「いつも」

 二十代半ばかな。人間不信の日々だ。こうかなって思っても、わずかなことで崩れてしまう。万華鏡世界のように、美しくてもろくて、かといってそれ以外に目を向けることができない。決して向こうは見えてこない。いや、見ることから逃げているだけなのかもしれなかった。両眼に万華鏡をあてがっている奇形の人だったに違いない。
 期待しているものがあったり、何か価値を見出していたりするから、不信感も生まれてこようというもの。透明な心で見つめれば、不信感を抱かずにすんだのにって、今はそう思う。透明な心って、何だろう。見たものをあるがままに受け入れる心かな。そうすれば裏切られることも、ごまかされることもない。傷つきたくないから、というのではなく、別に傷ついてもかまわないよって感じの余裕のある心構えからしか生まれない心かな。
 冷めた心で見るということではなく、その一つ上の見方。光の三原色を重ねると白色光になるように、いろいろな色眼鏡で見る見方という方が近いのかもしれない。何でも楽しめて、何でも受け入れるのだけれど、厳しくて、優しくて、正しい見方。そういう見方ができる心。どうしたら持てるのだろう。<

「いつも」

奇妙な言葉の探り合い

 笑顔は看板
 偽りの絵画

甘い夢と底無しの万華鏡

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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