恐怖シリーズ4「のっぺらぼう」

 こいつは何だ。「のっぺら」とは何か。「のっぺりしている」という言い方がある。数ある方言の中には「ゆっくらしてね」という言い方もあるから、副詞「ゆっくり」との関係とこれが同じならば、「のっぺらぼう」は「のっぺりしている坊」ということになろうか。もっと言うと、「のっぺりした顔のやつ」ということになる。
 仮に「熨斗平」という言葉があったとする。「のしへい」つまり、熨して平らにした状態。これが、「のっぺい→のっぺり→のっぺら」と変化することが一般的な音韻変化の法則に沿って無理なく説明できたと仮定する。すると、かなり強引だが、最初に仮定した言葉がかつては存在していたかもしれないと想像するのも面白いのではないかと思う。
 とにかく平らな顔。それを極端にデフォルメして、目や鼻や口がないとしたのは、後で妖怪に仕立て上げるためのお約束の作業の結果ではないか。昔は、目が細くて、鼻が低く、唇も薄い顔つきのやつを「のっぺらぼう」といっていじめていたかもしれない。背が高いというのも「のっぺらぼう」の特徴のようだから、小さな子供が下から見上げた場合は、顔の部品が角度の関係で実際の大きさよりも小さく見えたことだろう。ますます凹凸のない顔に見えるというわけだ。顎の突き出た人なら、子供が見上げると、顎の下ばかりが見えたかもしれない。「のっぽ」という差別用語にされてしまった言葉も、もしかすると「のっぺらぼう」と何か関係があるかもしれないと考えると面白い。
 また、禿頭の人がかつらを前後逆にかぶって後ろ向きに服を着たら「のっぺらぼう」になるから、かつてこうしたおどけを宴会芸等で披露することが一般的にあったとすると、それをもとにのっぺらぼう伝説が生まれたのかもしれない。 
 実際に妖怪「のっぺらぼう」がいたとしよう。どう対応したらよいのか。本当に目も鼻も口もないとすると、「のっぺらぼう」は実は皮膚呼吸に一〇〇%頼っていることになる。しかし、感覚的には、これによって肺呼吸ほどの効率で酸素を得られるとは思われない。
 ただ、服を着たままこちらを走って追いかけるように仕向ければ、それはマスクをして走る人間と同じことだから、比較的短時間のうちに息が上がって倒れるに違いない。ただ、服を脱ぎ去れば呼吸が楽になり、どこまでも追ってくるかもしれない。
 しかし、生まれつき目鼻口がないとすると、我々が肺呼吸するのと同じ効率で皮膚から酸素をとっているかもしれない。その場合は、きっと全身の皮膚で呼吸をしているわけだろうから、水の中に逃げればよい。こちらは潜望鏡のように頭を出して呼吸できるのに、水没部分が全く呼吸できない。真偽のほどは分からないが、追いつこうとすれば、酸素不足でかなり苦しくなり、ペースダウンするはずだ。
 ところで、耳はあるらしい。耳で呼吸しているかもしれない。でも、走ったり泳いだりすれば、耳だけにごうごうと自分の呼吸音がうるさいだろう。食物を耳の穴からとるのはいくら妖怪でも不自然だから、普段は目鼻口が現れていて、普通に暮らしている可能性もある。すると、「のっぺらぼう」はウルトラマンのような三分間だけの時限活躍妖怪である可能性もある。もっとも、ウルトラマンのように激戦の三分間ではなく、ただ脅かすだけの省エネルギーだ。だから、当てずっぽうだが、十五分ぐらいは「のっぺらぼう」のままでいられるかもしれない。
 このように、常には人間と混じって暮らしていると考えると異様に恐ろしい。

★ホームページに戻る

広告

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
カテゴリー: 恐怖シリーズ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中