自己分析シリーズ15「地図」

 年代不明のメモ。高校生?全く記憶になし。実際のことか、ただの妄想かも不明。たぶん、その中間。だから、記憶に残ってないのかもしれない。こうなると、記録の重要さが身にしみて感じられる。年月日の記入と、どういう状況でどういう思いで書いたかという記録だ。
 和歌でいえば、詞書きや左註のようなものがやっぱり必要だということだ。時の流れは人を変える。感じ方や考え方も変わる。だから、気持ちの持ち方も行動も変わる。すると、人の出会いが変わる。だから、運勢も変わる。
 こうなると、ますますいろいろな材料から自分を分析して、多面的多角的にとらえ、現在の流れの方向と強さとを知る必要がでてくる。それに応じたブレーキやハンドルを用意しなければならないからだ。
 今回は愚かな少年の登場だ。愚かで未練だが、純粋だ。純粋であるがゆえに、執着心が強く、自己中心的だが、他罰的ではない。
 ブロック塀に寄りかかって何かを待つというのは辛いものだ。コンクリートの冷たい湿り気と無慈悲な色が僕を縁取って逃さない。自転車もいっしょに雨に濡れてくれているけれど、だからといって重苦しい気持ちと期待の心で、すっかりバランスを崩してしまったこの居心地の悪い空間を癒してはくれない。
  時ばかりが僕の意地悪な友達となって夕闇に引きずり込んでいこうとするイメージだ。

「地図」

丸めた地図の走り書き
ごみどろの道
とにかく行こう

雨の街
無秩序の交差点
だが会わねばならない

メモは役立たず
髪を濡らした少年時代の僕だけが
いつまでも街灯の下で凍えていた

黒いズック
青い自転車
ブロック塀にもたれ
今も君を待っている

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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