恐怖シリーズ6「骸骨」

 骸骨には爪がない。だから、足の踏ん張りがきかない。もとより骸骨は骨だけだから、パワーがない。本来は立つこともできず、寝たきりのはずだ。致命的なことは脳がないことだ。究極の要介護者だ。
 したがって、「骸骨プラス筋肉プラス脳」の我々が勝つ。とにかく体重の差が大きいので、こちらのパンチやキックがかなりの破壊力で骸骨に繰り出されることになる。また、関節が丸見えなので、関節技をかけやすい。「肉を切らせて骨を断つ」ということができないはずなので、その点でも骸骨は不利だ。
 しかし、動くはずのないものが動いて襲ってくるということは、骨を動かしている力があるはずなので、骸骨自体には勝っても、背後にあるその力に命を奪われるおそれはある。
 さて、骸骨は顔の筋肉もないから、怖い顔なのか、面白い顔なのかが分からない。骸骨には脳がないから記憶力がない。判断力もないし、理解力もない。五感も働かない。そもそも感覚器官がないので、暗闇の中の孤独な存在。哀れむべき存在だ。
 骸骨から感じる恐怖は、無だ。決して語らぬ無だ。決して動かぬ無だ。あるいは動くはずのないものが動くという不気味さだ。しかし、不気味さでいえば骨抜き人間のぶよぶよな存在の方がより不気味だ。
 世の中、骨のある奴もいるけれど、骨しかない奴は邪魔なだけだ。そういうお方をこれから骸骨君と呼ぼう。もちろん、邪魔者にするのではなく、肉づけを手伝おうという腹だ。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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恐怖シリーズ6「骸骨」 への2件のフィードバック

  1. 成穂 より:

    骸骨は、いつも私に深い深い哀しみを思い出させます。なんでなのでしょう。無になりたかったのに、どうしてか残ってしまった抜け殻。その哀しみかもしれません。骨は肉がついてこそ、生きますね。私の骨は、粉になって海に流したいものです。

  2. どこにいるの? より:

     虚ろなまなこ。文字どおり眼窩は伽藍堂。どうやってそんなに窪んだの?最初はどうだったの?目は太らないの?やせたらこぼれ落ちちゃうよね。目が大きくなるのに合わせて眼窩も大きくなるんだね。どうやってわかるのかな。分かるんじゃなくて成りゆきに任せてちょうど良くなっていくんだろうなあ。 死んだ後の骨を宇宙にとばす人もいるよね。少しならいいけど。これが何億年もにわたって行われるとまずいなあ。地球のシステムの一部が流出していくんだから。炭酸カルシウムやリン酸カルシウムが骨なら、カルシウムの量が地球から減少していくだけじゃない。でも、人骨程度じゃ何億年分でも微々たるものだね。 ところで、いったい毎日何人の人が死んでいるんだろう。生まれて死んで、生まれて死んで、いつまで何のためにこのサイクルは続けられるのだろう。地球はヒトに何を期待して存在させているのだろう。個人の生きる目的はさまざまだけど、ヒトが生かされている目的は一つのはずだ。

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