変な疑問23「星見」

 星は遠くで見るのがよい。遠すぎては目に入らず、近すぎては命がない。
 宙にひっくり返した宝石箱だ。点された蝋燭のあかりだ。荘厳な輝きを保ちながら、互いの関係を織り込まれて寄り添い合う運命の設計図だ。
 星は、人間のいやしい心や忌まわしい出来事。そうした汚れた地球の雰囲気を束の間さわやかに消してくれる。超然たる存在。美しきものとはこうしたものをいうのだろう。それは誰も触れてはならぬものだ。
 このような決して人の手の届かぬ存在を残しておくということは、確かに人の知恵の一つだといえそうだ。
 寒風に吹かれて身を縮める。いつもは見えない星が見えたりする。僕の目に届くために、ああ、何年も光が走ったのかと思うと、このどうしようもない一方通行に、逆に大自然のけなげさを感じる。
 星の輝きを見て、まだこのように様々に感じ入ることができる自分に少し驚く。このような心の働きは一体何のためにあるのだろう。
 ある時はオリオン座。ある時はさそり座。名もなきものに名を付けて、いつまでも語らうのは何のため。生きるのにまるで必要でないものを愛でるのはなぜ。見て楽しくもなく、悲しくもない。およそ日常生活の中では、たとえ一生見なくても、別段何の不都合もなかろう。
 受けた感動は何。何のための感動。もし、生きるのに感動が必要ならば、それはなぜ。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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変な疑問23「星見」 への4件のフィードバック

  1. hyee より:

    死ぬために生きている人間の不条理を
    忘れるためでしょか?ね。。。

  2. どこにいるの? より:

    永遠に生き続けるために死んでいくのが生き物だと考えている。個人が自分だけの人生を見つめれば、死ぬためだけに生きていると言えなくもないから、そういう元気のなくなる考え方を忘れるためということなんだろうね。

  3. 祥子 より:

    感動がなぜ必要か。
     
    感動がなくなったら、人間って、自分が住むべき環境に気を配らなくなって、自滅するからなのではないでしょうか。
    感動することで、周囲のものと共鳴・調和して、存続していくのでせう・・・ちがうかしら。
    ウ・・ ウ~ン(-ω-`;。)

  4. どこにいるの? より:

    なるほど。全ては共鳴・調和のためにあると考えると理解しやすいかもしれない。五輪書とかアフォーダンス理論の解説書を読む必要がありそうだ。

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