創作昔話13「素直な蛇」その5

 こんな五郎太の話を聴いて、サエは不思議に思いました。この大蛇は本当に山の神様なのじゃろうか。山の神様でなければ、大失敗。とんだ道草です。でも、五郎太が見るからに普通の大蛇でないことも確かです。
 年若いとはいえ、捧げものになる人。尋常ではない育てられ方をしています。普通の大人よりも大人でした。賢いサエは試してみることにしました。「山の神様なら、山のことは何でも知っているじゃろ。」と。「山のことしかわからんのう。それにわしは山の神様じゃない。ただの蛇よ。」と五郎太。「ただの蛇がどうしてこうも大きいの。」とサエ。「ながく生きたからのう。」「どのぐらい生きたの。」「さあなあ。ずっとじゃ。」「どうして、山があるんじゃ。どうして、川が流れるんじゃ・・・。」
 サエは、五郎太を山の神だと思いました。「山のことは何でも知っているし、ずっとここにいるんなら、多分これからもいるじゃろ。」だったらそれが神様だと思ったのです。ものごころついたころから話に聞かされていた山の神様は、ただただ神様というだけで、どんな姿をしているとか、どこにいるとかは全く教えてくれませんでした。誰も見た者はいなかったのです。サエはただ神様のところへ行くんだということで大事に大事に育てられていたのです。とはいっても、幼いながら本も読み、親孝行もし、山に行く前に一通りの人生を足早に歩んできたかのようです。甘やかされたわけではありません。
 五郎太は、五郎次の話を思い出しました。サルなど食べなくなって、近くに知らずによって来る生き物を食べてるだけでよいようになったころのことですが、白くて、小さなサルに似た生き物に2,3度出会ったという話です。サルよりうまかったと言っていたことも思い出しました。裸でしゃがんでいるサエを見つめながら、五郎太は岩ほどもある首をぬっともたげました。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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創作昔話13「素直な蛇」その5 への2件のフィードバック

  1. 祥子 より:

    以前書き込んだコメントが、書き込めてなかったので、再度トライっ・・・

    食べられちゃうんでしょうか、やっぱり(TT)

  2. どこにいるの? より:

    名前がサエだからなあ。どうしよう。

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