恐怖シリーズ52「屏風売り」

 三本指の屏風売り。これは忘れられない。ヤクザ稼業で指を失った結果の三本指か、それとも生まれつきの三本指かはわからない。それとも暗かったせいで三本指に見えたのかもしれない。
 学生時代の僕は、深夜、突然洗濯物をする習慣があった。丑三つ時というやつだ。自然に目覚めるとその時間であることが多い。冬とはいえ、風もなく、何となくいい気分。たまっていた洗濯物を取り出した。洗濯板をバケツにつっこんで、ごしごしやり出したときだ。「びょうぶはいらんかねー」という消え入るような声。深夜だから、大声はいけないと思ったのだろうか。部屋の前の裸電球の暗い光に照らされて男がひとり屏風を持って立っている。その距離5メートル。
 しかし、どうにもその手の指が三本なのだ。「バスがもうないでのう。このびょうぶこうてくれんかあ。」とひとりでつぶやいている。バスといってもこの時間では当然動いていないし、バス停までは数百メートルはある。それにいったいどうして時代錯誤の屏風売りなのだろう。服装や顔は大きな屏風でよく分からない。声からすると年は40から60歳ぐらい。こちらを向けば顔も見えようものを、僕の視界を右から左に横切るその方向を向いたままつぶやいているのだ。突然現れた男に少し狼狽し、部屋のドアを閉め、もう一度ふり返ったときにはもう誰もいなかった。
 返事をしたら、屏風が開き、僕はもやもやした霧になって吸い込まれ、男は屏風を閉じてしまう。男がにんまりして再び屏風を開けると、恐怖にひきつれた僕が屏風絵になってコレクションされている。洗濯もそこそこに、こんな妄想をしながら恐怖の中で僕は寝た。恐怖は日常の中にどこでも転がっているというが、これはとても日常的な場面とは言い難い、夢幻のような現実だった。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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