突然思い出したこと41「俘虜記」

 「衰弱した知性」のなんたるかを知らずに過ごしてきた。大岡昇平『俘虜記』の中にその言葉を見つけ、はてなと思ったのが、そのままになっていたのを数十年ぶりに突然思い出したのだ。「衰弱」も「知性」も聞き慣れた言葉だから、意味もおよそ分かるのだが、「衰弱した知性」となると実はよく分からなかったのだ。
 確か通訳の男を評した言葉だったように思うが、手元に『俘虜記』がないので今は確認できない。
 その男の知性が衰弱しつつあるのか、その男が既に衰弱している知性自体を身につけてしまったのかはわからないが、どちらにしても「形式的には知性のスタイルをとっているものを示しているが、その知性が知性として働いていない状態」のことなのだろう。すると、自虐的な憂鬱な影のある人物として描かれている可能性や、周囲からのさげすみやあわれみが描かれている可能性もある。
 登場人物に我が身を重ねて心を鍛えていく作業ならば若いときに行うべきだが、このように考えてくると、「俘虜記」を読み返す気持ちが萎えていく。そういえば、まだ中学生だったためか最後まで読むのに骨が折れたことも思い出した。
 つまり、僕にとっては今のところ「俘虜記」は悪書であるわけだ。良書になるまで、探さなければよいのだから、読書というものは実に便利で有効なものだ。

広告

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
カテゴリー: 突然思い出したこと パーマリンク