日々雑感142「不安定」

 不安定というのはマイナスイメージの言葉だ。だが、果たしてマイナスのものか。不安定こそ物事の根底にある本質だと見てもいい。不安定だから安定の方向に動こうとする。動こうとしてまた別の不安定さを獲得しながら安定しようとする。これで存在自体がダイナミックなものとなる。
 それが人間ならば、楽しい生活とはそうしたもののはずだが、どうだろう。ところが、この楽しさにはエネルギーが要る。また、変化という動きを好まない人もいる。また、動くことが肉体的名原因や経済的な原因でできない人もいる。そうしたら考え方を変えて、楽しい生活の定義を変えればよい。
 このように、人間とはとても都合がよい生き物だ。勝手がよいとも言う。さらに、みんなの勝手を考えるということだって簡単にやってのける。案外、この生き物は気持ち一つなのだ。中には自分の勝手しか考えない修行途中の人もたくさんいる。でも、そうした段階を経ないと、みんなの勝手を考えることもできないのかもしれない。もちろん、だからといって自分勝手さを正当化するのは不当だ。
 困ったときには不安定になるのがよい。行き詰まって困っているのだから、不安定になって変化が出てくれば活路が見いだされやすくなる。では、どうしたら不安定になれるのか。二人なら三人目を、三者なら四人目を参加させればよい。たぶん、困ったときに誰かに相談したくなるのは、その一人になってもらいたいからなのだろう。
 もちろんそのことによって話がより複雑になることもある。いろいろな考え方が提出されて、次第に分からなくなってくるか、問題が解決に向かうかのどちらかになる。どちらにしても動きが出てきたら、それに対処することになり、チャンスがその中で生まれる。不安定はチャンスの神様なのかもしれない。
 そう思って周りを見つめ直してみると、確かに波瀾万丈の人生を送った人は、普通の人が手にすることができないチャンスをものにしている。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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