日々雑感147「いじめた子はのろわれる」

 いじめが問題になっている。死んだ子がいるからだ。死ななければ世の中で問題にされないという恐ろしい国だ。飲酒運転でひどい事故があるとやっと動きが出始めるぐらいだから仕方ないかもしれないが、これではまずい。
・複数の人間が集まれば、いじめは必ずある。
・この国の子どもは過保護なのに放任されている。
・この国の学校には校則はあっても罰がない。
・罰がないためにいかに多くの何の罪もない者がいたぶられてきたかが問われていない。
・罰があっても罪を犯す子どももいるのだから、罰がないと行動をコントロールできないレベルの子どもはもっといる。
・実態が分かってきたので、少年だから大人よりも厳罰を与えよという意見の人が6割を上まわるようになってきた。
・マスコミ関係者は放送責任をとろうとしないうえに、絶対にいじめ側を追究しようとしない。
 思いつくまま挙げていくと悲しくなる。原因はたぶん誰もこれまで言及しなかったところにある。的はずれの責任追及をしているうちに新たな犠牲者が出る。これを何年繰り返しているか。マスコミや政治家はその原因を決して口にすることができない。
 思わぬ形でいじめ問題がなくなるかもしれないが、たぶんなくならない。これは不幸なことだ。しかも、さらに不幸なことに、いじめられた子がそれと分からぬようにいじめた子の人生を壊していくことがある。当人はどうしてこうなるのかと不思議に思いつつ一生を終えることだろう。いじめた方はそれを忘れているからだ。
 でも、今回のように相手が自殺すると忘れるわけにはいかない。忘れようとしても周りが思い出させてくれる。それが死ぬまで続く。いつしか結婚相手が知る。自分の子どもも知る。よせばいいのに知らせる愚か者もいるからだ。職場にも知れる。社会的信用はゼロだ。こうした生き地獄の日々が待っているのだ。これを報道する必要がある。同じ轍を踏まないためにだ。それが本来のマスコミのあり方だろうし、的はずれ報道の責任のとり方でもある。

「いじめた子どもを見守ろう」

いじめた子どもは呪われる
人生の要所要所でのろわれる
あらゆる不幸が全身から芽吹いて
人生のどん底をはいずり回り
亡霊に取り憑かれ
のたれ死んだことを周りから祝福される
「あの人がいじめたんだって」
「やっぱりね」
救われるすべは
残念ながらない
哀れな命乞いをしながら
逃げ隠れし
忘れようとし
でもそういう自分からは
たとえ死んでも逃げられないからだ 
だから
いじめる子どもを見守ろう
その子の生き様を
みんなでじっくり見とどけてあげよう

広告

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
カテゴリー: 日々雑感 パーマリンク