突然思い出したこと63「一寸先は闇」

 「一寸先は闇」とはよく言ったものだ。だから、スリリングな毎日を頂戴している。闇に手を伸ばすのは勇気が要るが、興奮も覚える。本当は一寸以下も闇だから、なおのことよい。
 自分だけが闇なら嫌だが、皆同じように闇だから面白い。いくら見通しを持っていてもそれは本当には見ているのではなく結局は闇を見ている。論理的必然を考えてもやはり本当は闇を見ている。こうだからこうなるはずだと安心しているのは勝手だが、何の面白みもない。こうだからこうなるので、ああしてみようとやってみるのが面白い。周りはとまどうかもしれないが、きっと同じように楽しんでくれるだろう。たぶん。
 いたずらっ子の気持ちでいろいろ試みる。もちろん不利益になるようなことをしては受け入れられないから、高みに登る方向で先陣切って動けば、仕方なくついてくる可能性がある。後ろを向いたら誰もいないかもしれないが、それはそれでスリリングでよろしい。
 ところで、闇の中の敵を斬るのに切っ先だけ少し鞘に残して太刀を構え、すうっと動かすという方法がある。探索棒のように使うのだ。鞘が敵に触れ、切っ先から落ちる瞬間、急に軽くなった切っ先は上がるから、その向きへそのまま振りかぶって踏み込めば、敵はちょうど真っ向から斬られる間合いにいることになるので、絶命する。安楽死だ。これを怖がって太刀を振り回せば徒に相手を切りさいなみ苦しませる。これでは人道的ではない。
 もちろん自分も同様に斬られる可能性があるのだが、お互い様ではないか。闇の中では特に平等なのだ。斬るも斬らぬも自由だから、ここには自由と平等の空間ができあがっている。
 ただし、闇は屋外では条件がよくないと実現しない。それに対して、屋内では奥の部屋などでは真の闇が実現する。自由と平等の世界は屋敷の奥深くの闇の中にあるのだ。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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