怪しい広辞苑58「第四版70ページ・尼子十勇士」

 うーん。第四版70ページ「尼子十勇士」の説明。
 一つ前の項目が「尼子勝久」で、その説明に「尼子氏を再興したが、」とあり、「一五五三 一五七八」とあれば、実在の人物でいつ生まれて何をし、いつ死んだかが分かる。
 しかし、次の「尼子十勇士」の項目で、その説明に「尼子氏の復興に努めた」とあれば、やはり実在の人物と思うのが人情だ。名前は次の通りだ。「山中鹿之助・秋宅庵之介・横道兵庫之介・早川鮎之介・尤道理之介・寺本生死之介・植田早苗之介・深田泥之介・藪中荊之介・小倉鼠之介」うーん。どう見ても適当に付けた名前だ。
 この名前から明らかに実在の人物ではないということがわかってしまうから、敢えて「架空の人物」という説明をしなかったのだろうか。それとも、実在の人物の物語上の名前であると仮定した場合、実在の人物の名前より有名になっているため、敢えて物語上の名前を列記したのか。それとも、実在の人物なのだが、その本名を何らかの理由で公にすることができなかったので、このような名前で伝えようとしたのか。それとも、ちょうど10人とはきりのいい話だから、一部の実在の人物に架空の人物を加えて合計10人にしたのか。
 それにしても実在の人物がいたとして、その業績はともかく名前をどうしてこうしたのだろうか。武勇の誉れ高き10人の立派な武士を語るのに鼠之介とか、泥之介とはいったいどういうことなのだ。まさか本当にそのような名前だったのか。どうみても全部だじゃれ風のふざけたネーミングにしか思えない。少なくとも僕には、おもしろおかしく語るため、あるいは親しみを持たせるためのものとしか思えない。お家再興という忠義心の強い剛の者というイメージが湧いてこない。どういうことなのだろう。敗者ゆえに、勝者から書き換えられた名前なのだろうか。
 もし実在の人物の子孫がいたら、この名前で辞書に載せられるのは実に不名誉なことと思われるのだが、どうだろう。本当に尤道理之介だよ!これはいったいどういう感覚なのだろう。
 ともあれ、実在の人物の「尼子勝久」の項目で「尼子氏を再興したが、」とし、そのすぐ後に、この「尼子十勇士」が「尼子氏の復興に努めた」とあれば、すごく不自然な名前が実在の人物の名前に見えてきてしまい、尼子氏というのは、本当に奇妙な名前の人が頑張ったんだなと思う人がいるかもしれない。ご丁寧に、続く2項目はきちんと生没年が記されている尼子経久と尼子晴久だ。尼子十勇士が全くの作り話だとは思わない。モデルがあったとは想像する。あくまでも問題は説明の仕方だ。
 ここはひとつ「実在の人物も含まれているが、諸説ある」とか、「実在の人物が誰であるかは、諸説ある」とかしたほうがよいように思うが、どうだろう。あまりにも名前が不自然なので、頭から本名ではないと決めてかかってしまったが。どうしてもそう思ってしまう名前なのだ。僕は歴史に疎いのでよく分からないが、よく調べて、どう説明するのが最も好ましいのか、利用者がどういうイメージを持つかということを計算して、適切な言葉を選んでほしい。全員「介」とか「助」が名前の最後にあるという不自然さが苦になる人は、そこから追究の作業をするが、そうでない人もいるからだ。
 これも、お家の復興、再興を「介助」するという洒落のようで、どうにもなんとかしてほしいという気持ちになってしまう。元の名前はもう調べがつかないのだろうか。
 怪しいものは怪しいものと、そのように分かるように書くのがたぶん作法だと思う。でも、今のままだと説明不足で、非常に怪しい項目になってしまっている。こう感じるのは僕だけだろうか。とにかく早川鮎之介だよ!

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