突然思い出したこと66「鎮静剤」

 自分だけの小さな幸せというものがある。これは大事にしたい。
 しかし、そうしたものにだけ目を向けて、それでいいんじゃないですかとか、人生ってそういうものでしょとか、他人のことに口出ししないでよとか、あれこれ言われる筋合いはないねとか、こういう小さな子でも言いそうな決まり文句で話題を終了させようとする貧困な精神の持ち主に時折出くわし、ああまだこんな人たちがいたんだと驚かされることがある。
 自分で自分を納得させている罪深き人種によって時代は滅んでいくと最近は思うようになった。昔はそれでもいいではないかと思っていた。それどころか、自分の人生なのだから、自分で納得のいく生き方ができれば最高ではないかとさえ思っていたのだ。
 しかし、そういう類の人たちが、どんな生き様をさらしていったか、周りの人たちにどんなに気を遣わせ、また実際に迷惑を掛けていったか、そして、何とかしてくれているのに、感謝するどころか逆に疎ましがり、最後につまはじきになっていったかをほぼ例外なく見せつけられた。本人は周囲の人々から体よくあしらわれているのに気づかない場合も多い。
 本人たちはそれぞれ世の中でマイナスの役割を小さく担っている。しかし、当然その自覚はない。話題に出しても、何を大げさなとか、明日は明日の風が吹くよとか見当はずれのことをいって笑う。それが共通した特徴だ。
これが風潮となり、その広がりを放置しておくと、社会が少しずつ崩れていく。少しずつなので、感じとれないことがある。ふと気がついたときには、かなり崩れていて、仕方なく受け入れるしかない状態に陥っているかもしれない。
 そのときには、こうなったのだから仕方ないじゃないかと、分別くさい口をきく。かつては耳も貸さなかったのに、いざなってみると開き直る可能性が大きい。こうなると救いがたい。
 今後、次第によからぬ事態も増えていくのだろうが、その原因を作った本人たち自身が眉をひそめるのは、本当に見ていて悲しい。
 具体的に書くと失礼極まりないことになる。曖昧に書いているだけで嫌な気分になる。そうだ。ハイな気分になって調子づいたときには、これを読み返して沈静化を図ることにしよう。少し電気を使うが、言ってみれば無料の鎮静剤だ。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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