突然思い出したこと125「磁石の男」

 その男は磁石を引きずって歩いていた。紐をつけた掌ほどもある馬蹄磁石だ。その紐は腰にくくりつけられている。歩いている間に道路に落ちている金物を回収しようというのだろうか。男の二メートルほど後ろを子犬ならぬ馬蹄磁石がからからとひかれていく。
 金物といっても磁石だから主に鉄しか回収できない。そもそも金物を回収したいのなら磁石など使わなくとも見つけたときに手で拾えばよいではないか。
 彼には磁石を使わねばならない理由があるはずだ。手が不自由なのだろうか。いや、両手両腕はしっかりついて動いている。すると、腰が悪くてしゃがめないのだろうか。しかし、どう見ても年格好四十前後の働き盛り。労働者風のなりをしている。しかも、手ぶらだ。
 彼を見たのは一度きりだった。でも、目に焼き付いて忘れられない光景を再現しようと、小学校に入りたての幼い僕は彼の真似をして消しゴム大のおもちゃの磁石に凧糸をつけた。棒磁石を曲げたつくりの小さな磁石はお約束のように赤くペイントされている。
 運動場を駆け回ると、犬ころのように磁石が追ってくる。集まるのは砂鉄ばかりだ。運動場だから当然だ。彼も砂鉄を集めていたのかもしれない。僕は何度かおなじことをして、小さなガラス瓶に砂鉄をためていった。
 時折、瓶の外から磁石をあてがって中の砂鉄を踊らせて遊んだが、いつの間にか瓶ごと無くなってしまった。磁石も小学校を卒業する前に引き出しからどこかへ失せてしまった。あの砂鉄を溶かして固め、何か作っておけばよかったのだろうか。それとも、一生砂鉄を集め続ければよかったのだろうか。
 あのからからという音の記憶とともに何やら奇妙に動く小さな子供の心が今にたぐり寄せられ、自分のことであるのになぜか愛おしく思われるのだ。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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