怪しい広辞苑174「炒船(いりふね)」

 広辞苑第四版186ページ「煮干加工設備をした船」の2行目。この表現に不自然さを感じるのは僕だけだろうか。
 どう表現すれば自然な日本語になるのだろう。例えば、「煮干加工設備を搭載した船」「煮干加工設備を整えた船」「煮干加工設備を備えた船」「煮干加工設備をもった船」「煮干加工設備のある船」「煮干加工装置を設備した船」……。考えていくうちに最初よりも不自然な表現になってしまいそうなのでここまでにしておこう。
 こうした不自然だと思われる表現を考えるときにはどうしたらよいのだろう。もしかすると、普段使わない単語を使っているために不自然な感じを受けているだけなのかもしれない。
 では、普段使う言葉に置き換えてみよう。不自然な感じがするのは「○○設備をした○○」の「設備をした」というところなので、例えば、○○の部分を「煮干加工」や「船」よりも身近な「医療」や「マンション」という日常の言葉に置き換えてみる。
 すると、やはり「医療設備をしたマンション」となって、僕には少し不自然な感じがする表現になってしまう。これをいろいろな他の言葉に置き換えてみて、やはり不自然な感じがすれば「設備をした」という部分に問題があるのだろうと見当をつけることができそうだ。
 では、「医療設備を搭載したマンション」「医療設備を整えたマンション」「医療設備を備えたマンション」「医療設備をもったマンション」「医療設備のあるマンション」「医療装置を設備したマンション」……としてみる。
 すると、これらのなかにも自然な表現に感じられるものと不自然な表現に感じられるものが出てくることに気づく。これは最初に「煮干加工設備をした船」の中の「設備をした」という部分に「煮干加工」と「船」の二つの単語が規制をかけているため、「設備をした」に相当する別の言葉を考えたときに、その言葉が「煮干加工・船」傾向をもってしまったことによると考えられる。
 つまり、「医療・マンション」傾向をもった「設備をした」に相当する別の言葉との間に、共通する意味合いと共通しない意味合いとが生まれたことによって、不自然な表現と自然な表現の両方が出現したと考えられる。
 例えば、「医療設備を搭載したマンション」というのはどのように考えても奇妙だ。「搭載」という言葉はもともと建物に使うものではないからだ。
 では、「無線・車」を「○○」に入れてみよう。「船」に対して「車」ならば、どちらも乗り物だから、「設備をした」への規制のかけ方が「船」に似ているはずだ。「設備をした」を別の言葉に置き換えてみよう。「無線設備を搭載した車」「無線設備を整えた車」「無線設備を備えた車」「無線設備をもった車」「無線設備のある車」「無線装置を設備した車」……となる。これならば、先程のような不自然さの感じられる幾つかの表現がなくなっている。
 これは、「設備をした」に対する「マンション」や「車」からの規制の方が、「医療」「無線」からの規制よりも、強くかかっていたということを意味しているように見える。
 果たして、広辞苑第四版風の「無線設備をした車」という表現はやはり不自然な表現なのだろうか、それとも自然な表現なのだろうか。
 改めて考えれば考えるほど、どちらでもよいように思われてくるが、今のところ、「○○を設備する」「○○設備を○○する」というような表現の方に日本語としての自然さを感じる。これに対して、「○○設備をする」という広辞苑第四版風の表現には今のところなじめない。
 もちろん、僕の最近の言語感覚は変調を来しているかもしれない。基本的には先程まで頭にあったことが何であったか忘れてしまうというお年頃だからだ。
 悩めるポンコツ脳を広辞苑は鍛えてくれるので、助かるといえば助かる。しかし、辞書にあっては、すっきりした表現がよい。まだ、十文字程度の余裕が紙面にある。そこを有効に使ってさわやかな表現を試みていただけるとありがたい。

●追記:広辞苑第六版では、「船中に釜を据え、とれた鰯をゆがいた加工船。」という説明に差し換えられていた。これなら了解できる。ただし、ゆがくというのはさっと茹でる感じがすることばではないだろうか。煮干しをつくるのにはじっくり茹でなくてはならないのではないかと思う。こうなると、広辞苑第六版の新しい説明が少し怪しくなってくるように思う。真実はどうなのだろう。広辞苑第七版で変更がなければ、煮干しの作り方はさっと茹でるという「ゆがく」でよいことになるのだが。料理のことはわからないが、船中にそうした設備が必要だということは、それだけ鰯という魚が傷みやすいということの証拠だろう。「鰯の生き腐れ」ということばも思い出す。そのような魚であればなおのこと、ゆがく程度でよいのだろうかという疑問が生じるのだ。

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