怪しい広辞苑186「ウーマン-リブ」

<これからは男女協同で著したものでないと 画像クリックで説明画面へ>
 

 広辞苑第四版207ページ「ウーマン-リブ」の説明はこれでよいだろうか。
 いったいどこの国でいつごろ起こった運動なのかという説明がない。また、結果はどうだったのかということも説明がない。こうした記述がないのは不思議だ。もちろん、近年のことで歴史的にどう評価すべきかというような定説がなければ、記述することもできない。問題は、果たしてそうした事情から情報量を減らしたのかどうかということだ。
 辞書の仕事が意味の説明であるのならば、「事件」や「社会運動」などについては、最低限五W一Hぐらいは満たしておいてほしいものだ。利用者としては最低限そのぐらいの情報がないと、そのものをイメージすることが困難で、利用したかいがなかったと感じてしまう。これはまずい感情だ。辞書一回の利用で得たい情報を得られず、結局あれこれ探し回るというのは、時間的に不経済であるだけでなく、辞書を使うことに対する意欲の低下をまねく。さらに、この程度の認識でよいという錯覚をもつ人も出てくる可能性がある。
 ウーマン-リブの旗頭になった人々は活動のあり方を反省し、間違っていたと述懐しているそうだ。何をどう間違ったのかを知りたいところだが、現代社会の姿、特に男女共同参画社会という側面をつくりあげてきたうねりの一つの発端となった活動であることは間違いないだろう。
 昔の人々の思いが今を作っているということは、今の僕たちの思いが未来をつくるということだ。これはとても大事な自覚だと思う。その自覚を促す機能までを辞書に求めるのは間違っているが、いつの話かも説明しない広辞苑の編集姿勢にはどういう意図があるのだろう。

●追記:広辞苑第六版では「1960年代アメリカに始まる。」と説明が加わっている。これで「いつ、どこで」については記述されたことになる。また、「セクシュアリティーや意識改革を重視する点で、それまでの権利獲得中心の婦人運動と区別される。」と活動内容の記述も加わった。第四版といっても1991年の発行だ。その時点でこれらの説明が書けなかったわけはない。また、まさか編集担当者に女性がいなかったというわけではないだろうから、それなりの意図的な制約を課していたとしか考えられないが、そのようなことはあるはずもない。謎だ。後は、その活動の成果と課題を明記しなければ、女性に勘違いを与える可能性がある。事実を記載し、真の改革を目指さねば男女とも不幸になる種をまくことになってしまうかもしれない。特に「意識改革」という漠然とした説明では内容が不明なままだから問題がある。広辞苑第七版ではバランスのよい説明になることを期待する。

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