怪しい広辞苑209「うそ恥かしい」

 広辞苑第四版227ページ、広辞苑第六版253ページ「うそ恥かしい」の見出し語と説明。この「恥かしい」の送り仮名はこれでよいのだろうか。
 同じ広辞苑第四版2060ページの「恥ずかしい」では、「ず」を送っているのだが、「うそ恥かしい」の場合にはなぜ「ず」を送らないのだろうか。たまたまこの見出し語で恥ずかしいの送り仮名を覚えてしまった学生は、テストにおいては失点することなる。
 浄瑠璃の「(木偏に色)狩剣本地」の用例が載せてあるが、もしかすると近松門左衛門さんは「うそ恥かしい」と表記したかもしれない。しかし、現在、一般的に「はずかしい」は「恥ずかしい」と表記することになっていることを無視してはいけない。
 ちなみに、明治二十四年に三三書房から出版された「(木偏に色)狩剱本地」では、「恥」という文字をどのように扱っているかというと、次のとおりだ。
①我身(わがみ)でさへ恥(はづか)しい
②但恥(はぢ)をかいても生(いき)たいか
③恥(はぢ)をかさぬるか
④うそ恥(はづか)しい
⑤誰(たれ)とて恥(はぢ)もせず
 つまり、明治二十四年当時、三三書房では、「もみじ(木偏に色)狩剱本地」においては、「うそはづかしい」という語句を「うそ恥しい」と表記すべきだという考えをもっていたということだ。もちろん、これが原典の表記を尊重したものか、それとも発行当時の一般的な表記方法を尊重したものかは、他の文献にあたったわけではないのでわからない。
 ただ、明らかなのは、広辞苑第四版の「うそ恥かしい」の執筆担当者が、現代式の「うそ恥ずかしい」という表記と、明治時代の一出版社のものではあるが、「うそ恥しい」という表記の中間の形である「うそ恥かしい」という表記の仕方を選んだということだ。いよいよ近松門左衛門さんが生きていた江戸時代の出版物を広く現物で確認しなければならない。これは時間がかかるのでとても厄介なことだ。
 ともあれ、見出し語については歴史的仮名遣いが本来の語の姿であっても、すべて最新の現代仮名遣いで表記するという方針をもっている広辞苑第四版なのだから、仮に原典が「うそ恥かしい」であったにしても、仮名遣いだけでなく、送り仮名についても同様に最新の標準的なものにしてほしいものだ。
 利用者はこの不統一に何を感じるだろうか。大雑把に挙げれば、恐らく次のうちのどれかに近いものだろう。
①広辞苑は間違っているぞ。(大人)
②「近松さんは間違っているぞ」(大人)
③「恥ずかしい」と習ったが、最近は「恥かしい」に変わったんだ。(広辞苑自体を信じて疑わない人)
④「うそ恥かしい」のときは、「ず」を送らないんだ。(素直な人)
⑤近松さんの時代では「うそ恥ずかしい」をなぜ「うそ恥かしい」と書いたのだろう。(少し考える人)
⑥あれ?「はずかしい」の送り仮名は「かしい」だったっけ?(修行中の学生)
 あえて広辞苑第四版で「恥ずかしい」の見出し語を確かめる人がどれぐらいいるかということも問題だ。
 原典がどうなっているかということよりも、日常生活で「うそはずかしい」を現代人が使用しない以上、現代日本語の標準的な表記の仕方である「恥ずかしい」にならい、「うそ恥ずかしい」とすべきところではないかと思うが、どうだろう。用例の引用文では、出典のとおりにすればよい。もちろん、出典の表記に従うと最初にうたっておけばよい。これによって利用者は、原典の書かれた時代の表記と現代の表記との違いを学ぶことができる。
 さて、広辞苑第七版ではどのように表記するのだろうか。
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