怪しい広辞苑214「打切り(うちぎり)」

 広辞苑第四版231ページ、広辞苑第六版257ページ「打切り」の説明。「続けて早く射るために、弓(ゆ)返しをしないで射ること。」とあるが、この説明ではどうにも好ましくない。
 「弓返し」は元来忌むべきものだからだ。修行の過程で「弓返し」をするようになったら指導者は直ちに注意を与えなくてはならない。弓を正しく操作するということは、矢に合理的な力を加える弦と弓と腕の動きを実現するということで、そのためには道具である弓と身体とが理想的な形で融合しなくてはならない。それには道具である弓と身体との接点となる左手の掌や指で構成される手の内の構造をどう作り上げるかということが大きな課題となってくる。手の内の構造は弓の動きが不自然にならないように小さな面積で支えつつ、腕が弓の動きに負けないような緊張を維持しなくてはならないのだが、その結果生まれるのが「弓返り」だ。
 これとは逆に、「弓返り」の動きだけをまねして弓の動きの形を似せるために、手の内の締めを緩めたり、手首を振るなどして、矢を放った後に弓の弦が回るよう意図的な動作をすることを「弓返し」という。これは悪癖だ。手の内のはたらきの結果ではなく、動きの形だけをまねようとしたものだから、本末転倒の行為となる。
 どう考えても、その悪癖の方を説明に使ってはいけないだろう。理想とするところや標準とするところを取りあげるべきであって、戒めなくてはならないものをもって説明するのは土台おかしい。弓道人口がどれだけこの国にあるかわからないが、初心者からも笑われてしまう説明になってしまっていることに早く気づいてほしい。
 特に、外国人も日本の文化や伝統に興味をもって、日本の武道をたしなむことがあるが、その時の不都合も無視できない。彼らは日本人以上に弓道を研究する。日本人よりも意図的に知識や技術やものの考え方を吸収しようとするからだ。その時に日本を代表する国語辞典である広辞苑を使うことは十分に考えられる。師匠と異なる弓道用語の扱いをそこに発見したとき、どのように感じるだろうか。
 この「打切り」の説明については、「続けて早く射るために、弓(ゆ)返りしないようにして射ること。」というような説明に訂正してほしい。「弓(ゆ)返し」と「弓返り」は、似て非なるものであるということを明確にした方が、弓の道を志す人に対してはもちろんのこと、弓の道を文化に含む日本の文化を担う人々全体に対しても、よりよいと思うのだ。
 この件については、既に弓道界から指摘があったかもしれない。そして、例によって、指摘された後も放置され続けているという可能性も高い。しかし、確実なのは、広辞苑の編集にあっては、少なくとも弓道用語のついての監修が弓道経験者によってなされてはいないということだ。監修の担当者が弓道の専門家でないことは確かだが、弓道の初心者でないことも確かだ。
 弓についてのこれほどの基本的な事項を書き誤るということの背景には何があるのだろう。広辞苑の編集者は改訂をどのような方法で行っているかということを問われなくてはならない。そうでなければ、我が愛する広辞苑が各分野の人々からの笑いものになっていく可能性がある。それだけはどうしても避けたいのだ。
 さて、広辞苑第七版ではどのように説明されるのであろうか。
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