恐怖シリーズ165「結果主義」

 「細工は流々、仕上げをご覧じろ」「終わりよければすべてよし」というが、この文句を最近耳にしないのはなぜだろう。
 自信喪失の風潮のせいか。プロセスを大事にしようというのは結果を出せない者の言い逃れだとしてきた強者たちの弱音が最近とみに聞こえてくる。
 単純ではなくなった世の中にやっと気づいたのだろう。百がんばれば、百返ってくる世の中ではない。十がんばれば百返ってくることもあれば、百がんばっても十返ってこないこともある。どうしてそうなるかがつかめてないから不安なのだろう。
 努力に正比例して成果が上がれば、結果が予測できる。しかし、グローバル化してしまった世の中と高度な情報社会化によって、予測が困難になってしまった。
 同じ山を越えるいろいろな体長の尺取り虫を想像してみよう。小さな尺取り虫が一歩で進む距離はおよそ決まっているので、単純な割り算で山の登りを何回の動作で登れるかが計算できる。同様に山の下りを何回の動作で下れるかが計算できる。
 しかし、何か異変が起こって巨大尺取り虫となってしまった場合は話が別だ。
 まず、山を登る前に鳥や人間にすぐ発見されてやっつけられてしまう可能性が高くなる大きさの時期がある。このときには山を登るどころか、生命の危険にさらされることになる。
 次に、もっと巨大化すると、鳥には襲われなくなる。しかし、人間にはやっつけられてしまう時期に入る。
 さらに巨大化すると、人間も恐れて近づかなくなるので、山登りが可能になってくる。
 しかし、もっと巨大化すると、小さかった頃は何でもなかった岩や樹木が邪魔になってきて遠回りをしなくてはならなくなってくるので、単純な直線距離を一歩の長さで割って何歩で山登りができるかということが言えなくなってくる。ルートを全部たどって距離を測定しなおさなければならないのだ。
 ところが、さらに巨大化すると、樹木や岩が体を傷つけるようになるので、山自体を迂回することになり、山が登れなくなる時期がやってくる。
 そしてさらにさらに巨大化すれば樹木や岩などあってなきがごとき存在となり、前進できるようになるので、山を直線的に登れるようになる。
 しかし、今度は別の問題が起こる。登って下る距離が十とすると、巨大化した長さが1だとして、十歩で登山が終了する。長さが二倍になると五歩で登山が終了する。三倍になると、三、三歩になるので四歩。四倍になると二、五歩なので三歩。五倍になると二歩。六倍でも一、七歩なので二歩、七倍でも八倍でも九倍でもやはり二歩となる。十倍でやっと一歩だ。
 これをこえて巨大化すれば、山に接しなくても一歩でまたいでしまうことが可能となる。ところが、百倍になっても一歩だ。
 日ごろの努力を尺取り虫の歩幅だとすると、このようにがんばった分だけの成果が正比例して上がるとは限らない。思わぬ要素が意味を持ち始めるので、予測が困難になってしまうのだ。それもこれも、交通網の発達による活動範囲の拡大と自然科学や社会科学の発達によってもたらされた多くの知識と、情報網拡大の実現による、「過剰な要素」の海に浮いて方向性を失いそうな社会構造を作り上げてしまった人間自身の自業自得だ。
 さて、「終わりよければすべてよし」というときは、既に結果が出ていることが多い。度重なる失敗の末に、偶然に得られた成功だ。そのプロセスのまずさを正当化するために「終わりよければすべてよし」といっているだけなのが情けないという思いがあって、この文句を口にしなくなったように思う。「終わりよければすべてよし」という文句には、このように恥ずかしい気持ちが伴いがちだ。
 「仕上げをご覧じろ」というときは、まだ結果が出ていないことが多い。「細工は流々」ということだから、プロセスのまずさを指摘されたときに、やり方はいろいろあってよいではないかと反発する言い方だ。結果がよければいいんだろという開き直りにも聞こえる。自信たっぷりだ。そんな自信が持てない世の中だから、この文句を口にすることができなくなったように思う。「細工は流々、仕上げをご覧じろ」という文句には、このように自信満々の気持ちが伴っていなくてはならない。
 どちらも消滅して当然の運命にある決まり文句だ。決まり文句の生成と消滅の背景をつかむと、その時点での世の中のあり方が浮き彫りにされてくるように思う。
 これらのことばの生き死にのありさまから、「結果主義」の限界やお粗末さを説明できたらおもしろかろう。限定的に適用すれば、単純で無邪気な「結果主義」も有効だろうが、それをこえて適用しようとし、文字通りの結果を求めるなら、それは何かを壊すことによっての見返りを得るしかないかもしれない。何を壊すのかを想像するのは少し恐ろしいのでやめておこう。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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