変な疑問122「虫の音」

 秋の虫は、そうだなあ、夏の間どうしているのだろう。蝉のうるさい鳴き声をどこでどんな気持ちで聞いていたのだろう。
 いろいろな虫の鳴き声は仲間を他の虫と区別するためなのだろうけれど、その鳴き方は誰かに教わったものではないだろう。

 寿命が短く、親子がお互いに顔を合わすことのない虫は生まれたときからそのように鳴くことができるように作られているはずだ。逆に、蝉のような虫は、寿命が長いので、たとえ親の鳴き声を聞く機会はなくとも、土の中で毎年毎年先輩たちの声を聞いているかもしれない。
 だから、生まれたときから鳴ける力をもっているように見えるけれども、地中の生活の時代から地上デビューするまでの間、先輩の鳴き声を耳から学習し、その成果を成虫になってから生かしているのかもしれないのだ。
 もし、そうだとすれば、なんとも健気ではないか。しかし、地中まで地上の鳴き声が聞こえるということは、聞こえる音の種類は別として、必ず何らかのほかの音も聞こえているということだ。つまりその場合、せみの幼虫には先輩の成虫の鳴き声と、ほかの音やほかの動物の鳴き声との区別がついていなくてはならないということだ。
 たとえ、そのように聞き分けられたとしても、それは生まれたときから聞き分けられるということになってしまう。
 結局のところ、仲間や先輩の鳴き声を聞く力と自分が鳴く力は、蝉にとっては生まれながらのものだということになっても、それではいつその力が何のためにどのような手順でそなえられたのかという疑問が生じてしまう。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
カテゴリー: 変な疑問 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中