突然思い出したこと153「我慢の種類は?」

 「我慢」ということを突然思い出した。
 全く我慢できないことと、ある程度は我慢できることがある。全く我慢できないことにはその理由があり、ある程度は我慢できることには、ある一線から我慢できない理由がある。
 個人の問題としては、我慢することの種類と、その程度の度合いと、継続時間と、これまで我慢してきたことによって得た耐性と、これまで我慢してきたことによって近づいた我慢の限界の問題で語られることになる。
 しかし、我慢しなければならないことの分析と、我慢しなければならない自分自身の分析をしている間は、その限りにおいて別の問題となり、結果として我慢しているのと同じ時間の経過を得ることができる。
 また、我慢できることには我慢できる理由があり、ある程度は我慢できることには、我慢できなくなるまでの一線まで我慢できる理由がある。
 我慢した結果が己の何にどの程度有利にはたらくのか、我慢した結果が己の何にどの程度不利にはたらくのか。この二つを天秤にかけながら我慢したり、我慢しなくなったりするのは、それだけで疲れることだ。それは感情に任せられることが多い。その方が判断するためのエネルギーが少なくてすむうえに、スピーディーだ。
 もちろん、それは好ましい結果をもたらさない可能性が高い。だが、案外とその方が、精神衛生上好ましいのではないかと思う。
 しかし、事が個人の問題としてはそれでも自己責任を取る形で許されるかもしれないが、事が組織の問題となると、自己責任を取るといっても許されない場合が出てくる。組織の中では、個人的な理由は意味を持たないことが多くなるからだ。
 職業には、個人の働きが中心のものと、組織の働きが中心のものとがある。就職する場合、当然向き不向きを考えるのだが、自分の我慢の特性をよく見極めることも大事な作業になってくる。果たして自分はどうだっただろうか。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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