変な疑問131「アンテナ高く?」

 「アンテナ高くしなさいよ。」
 これはどういう意味なのだろう。恐らくは「情報収集をしっかりしなさいよ。」という意味なのだろうが、もしそうならば、誤解を招きかねない。随分と古い比喩表現で、現状に合っていない。それこそ、「あなたこそアンテナ高くしなさいよ。」と言わねばならぬ。
 アンテナ張って受信する。発信されたものを受動的に受け取るという、受動的な姿勢だ。これではいくら高くアンテナを張っても情報不足、そして情報遅れとなる。  
 確かに現在の高度情報社会であっても、アンテナさえ高くしてさえいれば次々に情報が入手できる可能性は高い。だが、情報収集のありようは、もっと能動的なものとなって久しい。インターネット検索しかり、車載カメラ、街頭防犯カメラしかり。合法的な盗撮、盗聴に至っては、何をかいわんやだが、情報を得るのではなく、情報を捜索する、いや情報を創作するという方法が、最もアクティブだ。
 創作した情報を流し、いつの間にか周知の事実とする。そうした事実があるかのように周囲が振舞うように導くことによって、存在しないものが存在するかのようになる。それは存在するということと同じ意味を持つ。いや、それ以上の意味を持ってくる。
 実在の物事ならば、思いもいもよらない変化によって情勢が予想外の方向に向かうこともあるが、創作されたものは存在せず、創作者のコントロール下にある程度はあるからだ。
 「アンテナはたくさん持て。」「アンテナだけに頼るな。」「必要な情報を自ら創れ。」「相手にアンテナ張らせ、流す情報をコントロールせよ。」
 こうしたことを助言すべき時節に、「アンテナ高くしなさいよ。」はさすがに笑止千万。もっとも、言われた方が、いまだにアンテナだけに頼らざるを得ないと思われているのかもしれない。また、他人の情報を上回る情報や企画力、機動力で、相手の方にアンテナを高くせざるを得ない状況をもたらすことができないと評価されているのかもしれない。
 情報が知識となる前に、どれほどに操作されてしまうのか。複眼で物事を見つめないと、何も浮かび上がってこない、恐ろしい世界に僕たちは住んでいると思っていた方がよいと思う。
 権威、権力者、カリスマ。彼は物事をはっきり見させてくれる。なぜ明確なものに見えるのかは明白だ。本能的に、あるいは計略として、巧みに捨象した結果を見せてくれるからだ。それを良しとするもよし。逆らってもよし。知恵がはたらき、天の時を得れば、己が成り代わってもよし。好きなように生きればよいのだから、人間という生き方は面白く、そして辛い。

広告

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
カテゴリー: 変な疑問 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中