突然思い出したこと160「都市の規模」

 都市の人口が30万人を超えると、いろいろな無理が生じるらしい。諸問題が起こりやすくなるというのだ。
 小学生の頃は、人口が多くなればなるほど大都会になるのだから、発展してよいなどと単純に考えていた。しかし、中学生ぐらいになると、物事にはすべて適正なレベルというものがあるのだということを、経験的に悟っていく。運動しすぎれば故障する。勉強しすぎれば体調を壊す。あれもこれもと手を出せば、全部が中途半端になってしまう。友達と仲良くなりすぎれば、周りとの関係がうまくいかなくなるだけでなく、友達ともうまくいかなくなる。
 30万人を超えていったころには、いろいろな事件や問題が起こっていったように思われるのだ。ただし、それが都市の規模によるものであるのか、ちょうどそのような時代にさしかかっただけのことなのか、あるいは偶然なのか、わからない。もしかすると、自分が意識している「30万人」という数字による、自分自身のものの見方の変化のせいなのかもしれない。
 さて、都市の人口のレベルにはどのようなものがあるのだろうか。

①都市としての体裁が整い始める人口レベル
②衛生的に暮らせる人口レベル
③人々が温かい気持ちで暮らせる人口レベル
④落ち着いて安全に暮らせる人口レベル
⑤経済的に豊かに暮らせる人口レベル
⑥便利に暮らせる人口レベル
⑦様々な欲望を満たせる人口レベル
⑧大きな野心を満たせる人口レベル
⑨都市としての体裁が崩れ始める人口レベル

 一応順序も考えて並べてみたが、足りないものもまだあるだろう。また、都市のタイプによってもその人口レベルも一様ではないに違いない。
 では、都市のタイプにはどのようなものがあるのだろうか。新しく生まれそうなものも含めて挙げてみよう。

①田園都市
②学園都市
③商業都市
④工業都市
⑤観光都市
⑥軍事都市
⑦医療都市
⑧介護都市
⑨行政都市
⑩衛星都市

 思いついた順に並べてみたが、やはり足りないものもまだあるだろう。また、これらが複合している場合もあるから、実際にはもっと細かく分かれることになるだろう。当然、犯罪都市は除いたけれど。
 都市というと、ビルがそれを象徴しているように思う。しかし、大きなビルがたくさん集まっているのを見るにつけ、なんて不自然な生き方をしているのだろうと思う。必要以上の何かの幻を現実化するという不自然さを、何かの考え方によって正当化していくはったりの象徴のようにも見える。
 はったりをかましていることによって、生きているという実感を強く受けるからかもしれないが、そのことと、人として充実した生き方をするということとを混同してしまいそうな危うさがそこにはある。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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