変な疑問141「<たら・れば>の違いは?」

 「たら・れば」を言うな。よく聞く文句だ。だが、そもそも「たら・れば」とは何か。
 たとえば、「もし、君が十歳若かったら、助かっただろうに。」「もし、私が王様だったら、この国を世界一にしてみせる。」の「たら」はどうか。
 「若かったら」の「たら」は、「若かっ」というような、形容詞の連用形に続くタイプの「たら」だ。「王様だったら」の「たら」は、「王様だっ」の「だっ」、つまり助動詞「だ」の連用形「だっ」に続くタイプの「たら」だ。「にぎやかだったら」のような場合は、「にぎやかだっ」、つまり形容動詞「にぎやかだ」の連用形「にぎやかだっ」に続くタイプの「たら」だ。
 もちろん、「若かったら」の代わりに「若ければ」と言い換えると、「たら・れば」の「たら」ではなく、「れば」となる。このときの「れば」の「れ」は、形容詞の仮定形「若けれ」の語尾の一部だ。また、「もう少し売ればよかった。」の「れば」の「れ」は、動詞「売る」の語尾だ。
 「たら」は一単語で、「れば」は一単語の一部に助詞「ば」が付いた、一単語以上、二単語以下の語句だ。「たら・れば」と語呂よく並べてはいるが、文字数だけが同じで、同等ではない。
 この「たら」の方は、次に「ば」が続く形のように見える。「ば」が省略された形だとすれば、「たら」は案外と古くさい文語の助動詞「たり」の未然形だろう。未然形+助詞「ば」ということになると、未練たっぷりの文意どおりに仮定条件をつくるからすっきりする。
 だが、古い言葉でも、決まった言い方にしか使わずに活用のパターンが固定化すると、元は助動詞でも、助詞扱いになる可能性もあるのかもしれない。口語文法の中では、この「たら」は助詞として位置づけるのだろうか。こうしたことは、文法の世界では、どのように折り合いをつけ、誰が認めていくのだろうか。
 「れば」の方は、仮定形に「ば」が続いた形だ。これは口語文法の新しい言い方だから問題ない。でも、「たら」の方は、「ば」を省略してしまわないと、助詞になれなかったのかもしれない。「ば」が続くと、混乱し続ける言葉の歴史の中で、已然形「たれ」に「ば」を続けたものと、未然形「たら」に「ば」を続けたものとの混同、さらに仮定条件だの確定条件だのという、意味の混乱がこの日本にまばらに残るという、「すっきりしない状況」がもやもやと残るからだ。
 こうしたことが口語文法をひねり出したときにいくつも起きたのかもしれないと想像すると、味気ない文法も少し何か面白い感じがする。「すっきりした状況」にするためにそぎ落としたもの、そのために失われたもの。そうしたものを拾い集めたら、何かが見えてくるかもしれない。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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