恐怖シリーズ205「木魂」

 「木魂」という妖怪がいる。音響妖怪だ。姿はないが、声がする。これは恐ろしい。
 姿は見せないが、こちらの声をまねして誰かの声がするのだ。近くではないが、山のどこかで確かにこちらの声を聞いてまねをしてくるものがいるのだ。それが「木魂」だ。最も日常的に出会うことのできる妖怪かもしれない。
 もちろん、こちらから声を出さねば、「木魂」の声も聞こえてこない。だが、試せばほとんど必ず返ってくる声。姿が見えないという恐怖。すぐ対応してくるのだから、きっといつも聞き耳を立てているのではないかという恐怖。もしかするといつも見られているのかもしれないという恐怖。まねする目的がわからないという恐怖。声が聞こえるのだから、少しすれば出くわすかもしれないという恐怖。いろいろな恐怖が積み重なっていく。見えないということは、そういうことだ。
 山を離れ、里に戻れば、「木魂」の声は聞こえない。つまり、「木魂」と自分との間の関係が離れたということになる。こころが、また山に入れば木魂の声がする。木魂に近づいたということだ。だから、「木魂」は確実に存在する妖怪だということになる。
 こちらから離れれば、反応しない。逆に言えば、「木魂」の領域を侵すと、こちらもただでは済まないということにつながる。つまり、祟る可能性もあるが、近寄らねばよいという存在の登場だ。だが、近寄っていないということをどのようにして知るか。はやり、声を掛けるしかないのだ。そうして、声を掛けると、条件にもよるが、ほぼ返事が返ってくる。つまり、不即不離だと諦めて了解してしまえばよいのだろうが、いつ「木霊」の領域を侵すことになるかもしれないという恐怖をぬぐい去ることはできない。黙っているのも恐怖、声を掛けるのも恐怖という状態になってくる。これでは「木魂」の恐怖を解消するのは難しいではないか。
 近寄らないためには、それなりの理由が必要だ。聖なる場所に、聖なる木がある。そこに宿るものが「木魂」、つまり「木霊」なのだろう。聖なる場所や物には、近寄ってはならない。見てもいけない。逆に、こうしたものを敢えてつくってしまえば、位置も確定しているので、対応が可能になってくる。ありがたいことに、山はそうしたものを作りやすい条件をたくさん備えている。
 山は危険だ。遭難する。事故に遭う。被災する。近寄ってはならないのは、聖なる場所と危険な場所だ。山の奥は聖なる地だ。山の奥の特別な場所も聖なる地だ。巨木、美しい湖、特に高い峰。特徴ある物が聖なるものとなる。長い年月のうちに「いわれ」が生じる。長い年月のうちに「いわれ」に因んだ「こと」が起こる。それが「おはなし」として定着する。定着すれば、一つの知恵として役立つようになる。人々が危険を冒す確率が減っていくということだ。つまり、「木魂」の恐怖は解消してはならないものだということになる
 その「おはなし」が空間的にも時間的にも広がっていけばよい。広がるなかで変形していくこともあるだろうが、「木魂」という単語を軸に、その性格づけだけが少しずつ変わる可能性はある。それはそれで地域に合ったものとしてよいとしよう。それに対して現在は、「木魂」を音の反射という解釈で終了させている。正しいけれど、正しいだけの薄い解釈でもったいないと思う。
 さて、山で遭遇しそうな妖怪には「さとり」もいる。「さとり」は、人が思っていることを悟り、「おまえは、こう思っているだろう。」と当ててしまうところに特徴がある。したがって、退治することも逃れることもできないというのだ。これに対して「木魂」は、「さとり」の逆だ。こちらが言うことを少し遅れて繰り返すだけだ。だから、非常に扱いやすい妖怪だとも言える。
 しかし、子供にそう思わせてはいけない。山奥深くに入り込むと危険だという感覚をもってもらわねばならない。それは、個人的にも、人としてもだ。「木魂」は危機管理の方便と考えた方がよいのだ。「木魂」効果と呼んでおこう。祟る可能性のある妖怪だと信じて恐れていた方が人のため、そして同時に山のためだとも思う。
 一方、現代の人々は、音の反響としか捉えていないので、時間差を距離に換算するぐらいのものだろう。「木魂」効果の無視だ。山奥で遭難したときさえ、「木魂」で遊べば寂しくないと思う。実際には体力を消耗するので、救援隊を感じたとき以外は声を出さないだろう。だが、「木魂」を遊び相手にまで落とした存在にしては、何か罰が当たるのではないか。
 そうした一見合理的ではない発想が必要なほどに、現代は人との関係における意味合いをそぎ落としすぎてしまうことによる弊害が生じ始めていないだろうか。逆に、そっちの方を何となく恐ろしく思うこの頃だ。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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