日々雑感343「日常の挨拶は興味深い」⑥

 近所づきあいの場合はどうか。路上で改まった自己紹介をする機会がほぼ最初からないのだが、さまざまな近所づきあいのうちに「挨拶づきあい」ともいうべきものがある。挨拶だけの間柄ということだ。
 男性の場合には、特に街中になればなるほど、実際にはこうしたレベルの近所づきあいが多くなる傾向にあるに感じる。近所づきあいとはいっても、現代では寂しいことに、非常事態以外には関係が薄いのが普通だから、女性の立ち話、井戸端会議の類は別として、実に希薄なものだ。たまにお裾分けを両隣ぐらいにする程度で精一杯ではないだろうか。
 面倒なことは避けるといった、単純な合理主義が未熟な個人主義と相俟って、地域というものが、住んでいるだけの場所に成り下がっていくのは、いろいろと不都合が出てくるはずだ。困ったときの神頼み的な大変虫のいい関係をお互いに築き上げるための心理作戦を半ば無意識に行ってきた結果だ。その手法のひとつとして挨拶によるコントロールがある。どこまでの挨拶をするかによって人間関係の壁を適度な厚さに日々コントロールするという基本的な処世術だ。上手に行えばコミュニケーションを取るふりをして、お互い不干渉で気楽にやりませんか的な壁を築き上げることもできるだろう。
 ところで、近所の人といっても、もしかすると本当は近所に住む人ではない可能性もある。ただ、ウォーキング目的で同じような時間帯に近所を通るだけの実はかなり遠くの人かもしれない。さらに言うと、この近くの会社に勤めている単なる通勤の人であるかもしれないのだ。
 だから、通常それと疑う場合には挨拶で打診する。この挨拶による打診効果で、相手を測定し、どうつながるべき人であるのかを判断するための基礎資料とするのが一般的な方法だろう。近所といっても、単純に距離的な要素もあるが、つながりを深めていった方がよい相手なのか、不即不離の関係にするのがよい相手なのか、お互いに傍観者の関係に置いておいた方がよい相手なのか、かかわらない方がよい相手なのか等々、どのような近所づきあいにするかという判断を下すべき近所の人々のことだ。
 具体的にはどのような手順を踏むのだろう。どの程度の近所の人であるか疑わしき人、あるいは初めて見る人に対しては、第一段階の「お早う(ございます)」「こんにちは」「こんばんは」などの「決まり文句の挨拶」を投げかけて反応を見る。なるほどこのレベルの近所づきあいをすればよい人かと判断した日には、第一段階の決まり文句の挨拶に続け、それらに次ぐ「よいお天気になりましたね。」「お寒くなりましたね。」「おでかけですか。」というレベルの「決まり文句の挨拶」を投げかけてみるだろう。
 もっとも、こうしたことは、ある相手と頻繁に出会うために、無言のままだと気まずいという気持ちがこちらに生じているということが前提だ。相手が怪しい風体であったり、挙動不審であったりすれば、別の意図で挨拶ジャブを打ち、行動の判断を下していくことになる。目をそらす。家に戻る。様子を観察する。もう少し踏み込んで尋問する。警察に通報する。緊急逮捕する。いろいろとやらねばならぬ選択肢があるから、得た材料を基に判断し、どれかを選んで実行するしかない。
 いずれにせよ、まずはこの最低二段階までの挨拶で済む。これは人間関係構築の意味でも、また人間測定の意味でも、かなり省力化された手法として取捨選択されてきたものだと思う。このような、第一段階の形式的な挨拶だけで終了するパターンと、第一段階の形式的な挨拶から一歩だけ踏み込んだ第二段階までの挨拶で終了するパターンの二通り以外の挨拶づきあいのパターンを探したり、もしなければ必要に応じて新しく生み出して広げていくのも面白そうだ。
 ただ、これらは相手が一人の場合だ。グループではない何人もの人々に連続して出会うような状況におかれたならば、第一段階の挨拶だけで終了しないと、人の流れが滞って迷惑をかける可能性が出てくる。また、人々が等間隔で歩いてこない以上、挨拶のタイミングがうまくとれない。挨拶している間に次の人が接近してくるようなら、その人と抱き合わせにして、一回の挨拶で済ませてしまう場合だってある。
 しかし、これがその場にもう一人増えた状態であると、話は別だ。無関係の人を三人抱き合わせて一回の挨拶で済まそうとするのはあからさまにぶっきらぼうな感じ、粗雑な対応をしている人だという印象を与えてしまう。その上、相手との距離とお互いの歩く速度によっては、第一段階の決まり文句だけで済ますには間が持たなくなる場合が生じる。
 そういう状況になりそうだと判断した場合には、第二段階の決まり文句を付け足して用いることによって時間を費やし、間を持たせる必要がある。無理のないタイミング、自然なタイミングで、それぞれの人に合った深度の、しかも他の二人が聞いていて気の悪くならないような内容の挨拶を、それぞれに交わせるようにする。
 これは高等な技術と経験を要することだ。第二段階の決まり文句の挨拶をするのにふさわしくない相手のすぐ隣に、第二段階の決まり文句の挨拶までをすべき相手が並んでいる場合もよくあることだ。この場合の対応をしくじると、気まずい時間が流れることになる。
 そこで最大公約数的な挨拶をすることでその場を処理し、より深い深度の挨拶をすべき相手とは、その後に適切なタイミングを早いうちにとらえ、ふさわしい深度の挨拶までを交わすように心がけるしかない。そのためには、場所と時間をずらすことで、浅い深度の挨拶で済ませてよい相手の耳に入ったとしても、気の悪くならないように配慮することができる。
 こうしたさまざまな状況を瞬時に判断し、適切なタイミングと場所で、適切な深度で、周囲の人が聞いていることを踏まえた挨拶をすることが、僕たちに求められている基本的な挨拶習慣だ。既に構築されている人間関係、これから構築していきたい人間関係、相手との距離、相手との接近速度、相手は一人か複数か、複数の相手の間にある人間関係等々、諸々の要素を判断材料としなくては、まともな挨拶とはならない。単なる形式的な気持ちのこもっていない挨拶、そして人間関係の発展を促さない力不足の挨拶、情報交換を伴わない意味のない挨拶、それら完全な挨拶となってしまっては、挨拶の無駄遣いといったら言いすぎかもしれないが、価値の低い挨拶とは言えよう。
 よく事件の容疑者に対して「挨拶をきちんとする人でした。」という近所の人の談話が放送されることがある。これは挨拶の無駄遣いの積み重ねが、地域の人との間の壁を厚くしていった可能性を指摘したくなる発言だ。一体全体、どのレベルの挨拶をしていたのだろうか。もしかすると、相手にとっては体のよい無視になっている代物だった可能性を疑わねばならないものかもしれない。そうした類のことが事件の遠因になっていないとも限らない。
 ことばというものは恐ろしいものだ。意図しなくてもかなりの効果を相手に与えてしまうことがよくある。もちろん、「私はそんなつもりはありませんでした。」と誰もが言うだろう。その気持に嘘がなかったとしても、結果として悪意ある発言や態度と同じ効果を発揮し続けるものを、無意識のうちに、あるいはよかれと思って相手に提供し続けている可能性すらある。それは、調べてみないとわからないはずのものであって、個々人が自分を振り返ってみて気づいたり理解できるようなものでは無いと思う。
 こうしたことを回避するための、日常的生活を穏便に過ごすための挨拶術とでもいうべきものは、ある程度の人生経験が必要となる。だから、当然のことながら、若者は挨拶が苦手な傾向にある。逆に、若いのにもかかわらず、異様に挨拶が得意なのは、処世術的な技巧面だけを駆使している感じがして、そこに人情のなさ、あるいは嘘臭さを感じてしまう傾向が大人にはある。
 そうしたところの匙加減が適当かどうかによって、人間性まで言及されてしまうという辛さが若者にはあるのだが、大人にとっては過去の話なので、一向に手加減をしてくれない。また、面と向かって指摘されて助言を受けるということではなく、胸の内に不当な了解がなされてしまうということ、それも勝手にだ。こうしたことがもたらす強いストレスを若者の時にはどのように処理していたか、もう忘れてしまった。恐らく思い出したくはないものの仲間に入っているに違いない。
 もちろん、こうした芸当、計算ができるのも、決まり文句を述べ合う秒数がほぼ決まっているからだ。どのような目的の挨拶を、どのような内容で、そしてどの深度までの挨拶を、どのタイミングで行うか、この判断を一瞬に下し、口から自然なことばで挨拶が行えるのも、挨拶という便利なことば、つまり省力化された決まり文句の表現のによるものだと思う。
 ところで、そのような省力化は実際にはどのようになされてきたのだろう。どの地方の、どういう人々の層で使われていたか。それが人口に膾炙されている間にどのように決まり文句となったか。それが広がったきっかけは何か。
 このように必ず点から始まったものが、広く流行して定着したと思われる「挨拶」について専門家はどのような研究をしているかわからない。だが、何でもそうだが、思いつくまま書いていくうちには、いろいろな疑問がたくさん出てきて、それらがつながり合い、最後にはひとつの小さな世界を説明できるくらいにはなっていくということは、意外とよくあることだと思う。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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