恐怖シリーズ221「外科医のH氏」

 外科医のH氏は近来希に見る優秀な外科医だ。ゴッドハンドと称されるような有名医師ではないが、旺盛な研究心と並々ならぬ努力によって神がかり的な結果を出してきた。いわゆる手遅れとされた人々を救ってきたのだ。無名であるのは、患者もまた名もなき者たちに限っているからか。敢えて名を世に出そうとしない姿勢を貫いているようにも思われる。開業したのも、無医村となることが危ぶまれていたような地だ。
 異変は突如始まった。少なくとも彼はそう感じた。が、それは異変の常だ。以前より始まっていたものが少しずつ程度を高めていった後に、漸くそれと感じられる小さな出来事に突如として思い当たったということだ。自覚は必ず後でなされる。そこまでの長い道のりに何があり、それがどのような自覚をもたらすのか。それは誰にもわからない。彼の記憶による限り、その最初の感覚は、献体された人体、死肉に初めてメスを入れたときから始まった。
 自分の内部に芽生えた感覚に背を向け、それが次第に拡大して変質していくことから目をそらすこと。それは簡単なことだ。外科医という自分の使命を果たすことに集中し、全精力を傾けるのだ。日夜精進することで、合法的に自分の内部に生じた違和感を誤魔化し続けられる。特別なことではない。誰もがしていることだ。ましてやそれが正面から見据えるにはあまりに奇怪な感覚であればこそ、仕事に没入することで逃避するのはやむを得ぬことであったろう。
 仕事から逃げる者と、仕事に逃げる者。彼は前者であるほどに、意気地のない人間ではなかった。仕事に逃げることのできる精力と能力を兼ね備えていたのだ。それが彼の強みであったのだが、一方でそれは、意識の世界の底にある、彼の責任において自己管理することのできない領域において、彼自身の変貌を加速させる原因を増殖させていくこととなった。
 手術中、どうしても治療から、解剖へと気持が傾いていくのはそのせいだろう。誰も観察している人はいない。そういう状況は簡単に作れる。このように思うのは、理性ではない。無意識の世界に何かが巣くうことを許してしまったのは、何なのだろう。
 今も、疑似死体である全身麻酔の患者が目の前に横たわっている。何と闘っているわけでもないのに、もう五分も十分も見下ろしているH氏はメスを片手に動かない。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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