怪しい広辞苑256「読まれているか?国文法概要」

 「広辞苑」の巻末の付録には「国文法概要」が収録されている。単語の説明は、「名詞」の説明から始まり、「代名詞」「動詞」と続く。「広辞苑」は昔から「形容動詞」という単語のグループを認めない立場をとっているので、なぜその立場をとるかの説明も、この巻末の付録の「国文法概要」に記している。
 つまり、「広辞苑」は、日本の小中学校で学ぶ「国文法」の立場とは異なる立場をとっているということだ。それはそれで別におかしいことではない。
 ただ、学校では「形容動詞」という単語のグループが存在するという考えで「国文法」が教えられている。見解の相違なので、学校の説明、つまり国の説明と広辞苑の説明とが一致しないのは仕方がない。しかし、このような不一致も学生以外には全く影響がないから、問題は起こらない。だから、おかしいことではない。
 今回は、これまでこの場で指摘してきたような、「広辞苑」における、「根本的に間違っている説明」「不適切な表現によって誤解を与えやすい説明」「比較するのに不都合な形式の説明」「比較できない新旧入り乱れた統計資料」等々のような個々の問題ではない。「広辞苑」が採用している国文法の立場という全体的な問題だ。
 岩波書店が「広辞苑」を通して表明している国文法の立場、それを述べたものが、巻末の付録に収録されている「国文法概要」なのだが、残念なことにそれが読まれていないという問題を指摘しておきたい。僕たち一般利用者は、出版社や辞書というものに対する信頼感をもっているので、巻末の付録の「国文法概要」などという部分を確認するということもない。
 しかし、専門家の国語学者(もちろん何人かは不明)には、大きな誤解を与えていることだけは確かだ。「広辞苑」自体の事実とは異なるイメージが、一人歩きしているのだろうか。岩波書店はどこまでそれを把握しているのか心配だ。少なくとも、こうした誤解が専門家の中にもあるということは、「広辞苑」が専門家によって丁寧に分析されていないということの証拠の一つとなる。これは悲しき大きな問題だ。
 何とかしなくてはならない。「広辞苑」と最も関係の深いはずの国語学者という立場の人々に、結果として次のような間違った印象を発信してしまっている可能性が高いことについての怪しさから目を背けてはいることはできない。これは残念ながら「広辞苑」という書物の存在の危うさをも感じさせるものだ。では、具体的にどのような誤解を与えているのかを示したい。
 具体例としては、三浦つとむ氏の「日本語の文法」(勁草書房)の20頁にある次のような記述を挙げることができる。この記述に象徴されるような、「広辞苑」の怪しさと危うさはどうしたら解消するのだろうか。
 以下、引用。「岩波の『広辞苑』その他ほとんど全部が教科書文法によって語別を行っているから、その意味で信頼できないところがすくなくないのである。」という手厳しい語り口の部分での指摘だ。
 三浦氏は、ここで辞書の代表として「広辞苑」を掲げている。しかし、その「広辞苑」こそが、教科書文法とは異なる立場をとっている文法であるということを、「広辞苑」自体が、その「国文法概要」の中で丁寧に説明をしているのだ。それにもかかわらず、「教科書文法で語別を行っている」と専門家に誤った認識をさせてしまっている。そのような印象を「広辞苑」が与えているという事実。これが問題だ。これは個々の説明の怪しさとは、また次元の異なる「広辞苑」自体の怪しさ、危うさとなって感じられる。これは一体どういうことなのだろうか。
 考えるまでもなく、それは「広辞苑」が専門家によって読まれていないという事実を、その答えとしなくてはならない。それは読む必要がないと思われているからかもしれない。あるいは、「広辞苑」なのだからノーチェックでよいだろうと専門家にも思わせてしまうような「権威」的なものを岩波書店というブランドが漂わせているからかもしれない。どちらであっても、そこには大きな問題がある。
 専門家でさえもノーチェックにしてしまうものをもっている「広辞苑」だとすれば、「広辞苑」にさまざまな不都合が生じてくるのは当たり前だ。多々あるそうした不都合については、気づいた者がすぐに指摘して改善されるようにしていかねば、折角の先人の偉業に汚点を付けていくのに等しい。それは絶対に避けなくてはならないことだ。
 さて、「広辞苑」は、そもそも収録している各見出し語の説明に、「名詞」だの、「形容詞」だのという単語の区別を示すものを逐一記載しないという方針をとっている。例外として、動詞については自動詞とか他動詞の区別などはしている。だから、日本語を習得する時期にある、特に小中学生などは、そうした語別、つまり品詞の区別が一つ一つの単語ごとに記されている、「広辞苑」以外の国語辞典を使うのが普通だ。
 思うに、小中学生に利用されないということを想定して編まれたのが「広辞苑」なのではないか。活字のポイントの大きさから言っても、少なくとも小学生、これに加えて視力の衰えた高齢者は対象外という編集方針であるはずだ。
 ここまではもしかすると問題なしとすることができるそうだ。文字のポイントの大きさの設定も、品詞を示さないことも、できるだけ多くの日本語を収録しようとする編集方針からくる処置だと善意に解釈できるからだ。省略できるものはできるだけ省略して記述するのは、そのことによって説明の内容がわかりにくくならない限りはよいことだ。そうすれば、たとえ収録する語を増やしたとしても、それほど総ページ数を増やすことなく、これまでどおり出典も掲げて用例を示すことができる。こうしたことは、どうしても分冊にはしたくないということがあれば、それもやむを得ないこととして許されることだと思う。だが、やはり省略しすぎは不適切な説明につながっていく。それは辞書としては非常にまずいことだ。もちろん、そうしたことが起こらないように十分に配慮して編集されているはずだ。
 だが実際に、できるだけ分厚くならないように努力するという方針はあるのだろうか。聞けばわかることだが、それでは宿題の答えを見て書き写す子供と変わらない。そこで少し想像してみようと思う。
 「広辞苑」の一頁にはどれだけの文字数を詰めることができるか。それがわかれば、品詞を全ての見出し語となる単語につけた場合に、何頁増えるかということが概算できるだろう。
 一行が約二十四字でそれが五十行、四段組なので、24字×50行×4段で計4800字となる。裏表二頁分で九千六百字というわけだ。品詞の表記には、半角の括弧二つと、品詞を一文字で表記した漢字一つ、合計二字分が必要となる。「広辞苑」は「形容動詞」の存在を認めないのだから、(形動)という省略を考える必要はない。だから、「名詞」なら(名)、「動詞」なら(動)などと、結局は二字分のスペースで示せる。
 ただ、「助動詞」の場合は、「助詞」と区別するために、(助動)としなくてはならないので、実際には三字分のスペースが必要となる。しかし、「助動詞」の数自体は口語と文語を合わせても、総単語数の約二十四万語から考えれば、ほぼ無視してもよい数だ。したがって、品詞の表記については、二字分のスペースが必要だと見なしてよいことになる。
 すると、品詞を書き込むことによって増加する文字数は、「広辞苑」に二十四万語が収録されているとすると、2字×240000語で、四十八万字となる。この字数の増加によって総ページ数が何頁増えるかといえば、1頁が四千八百字だとすると、480000字÷4800字で百頁となる。増える厚みは、100頁÷2で五十枚分となる。これは厚さ約3ミリメートルだ。この程度の増加分ならば、「広辞苑」の全体の厚さからすれば、ほぼ問題ないと思うのだが。
 しかし、実際には見出し語一つに付き2字分が増えても、最初から空いていいるスペースを埋める形となる場合があるために、実際には行数が変わらないものがある。逆に、二字分増えただけでも、一行増えてしまう場合もある。
 たとえば、「広辞苑」第四版の五百頁の場合は、品詞を書き込むことでどれだけの行数がその一頁を越えるか。およそ九行だ。同じく千頁の場合はどうか。およそ六行だ。同じく千五百頁の場合はどうか。およそ六行だ。大雑把に1頁あたり平均七行の増加としたとき、現時点での総ページ数を二千八百頁とすると、7行×2800頁で、一万九千六百行分の増加となる。1頁が二百行なので、19600行÷200行で九十八頁分の増加ということだ。すると、98頁÷2で四十九枚分となり、やはり、約3ミリメートルの厚さが増加する見込みとなる。
 こうなると、たとえできるだけ厚くならないようにという方針があったとしても、約3ミリメートルの増加ならば、許されるのではないか。ただし、コスト削減ということになると、話は別だ。どの程度コストを下げられるのかはわからないが、そうした努力は必要だろう。
 とにもかくにも、巻末の付録の「国文法概要」があまりに目立たないためなのか、岩波書店や「広辞苑」という信頼感のために、「広辞苑」のとる文法的立場を示した重要な「国文法概要」が読まれず、専門家へ誤った印象やメッセージだけを結果として与えていないかどうか、岩波書店はさまざまなチェックをし、一般人にも専門家にも読んでもらえるようにしてほしいと切に願う。
 そのための方法の一つとして「国文法概要」を巻頭のどこかに移動させてはどうかとも思うが、どうだろう。あるいは、ホームページなどで、学校の文法とは異なる立場をとっていますと明示してみてはどうだろうか。宣伝第一、伝えることが大事だと思う。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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