突然思い出したこと174「生物の性器露出」

 ごく稀に花束をいただくことがある。そのとき、ふと思うことが時々ある。それは何と壮観な性器の露出であることかということだ。性器露出の不審者の話を聞いて、それを突然思い出した。植物に比べて、人間も含めた動物というものは、動物ふうに言えば随分と遠慮したものだと。思うに、人間、人間を含めない動物、植物という順番で、性器は次第に公のものとしての性格を高めていく。
 植物が性器を極めて積極的に露出させ、公のものとしているのは、地に根を張って移動できないからだろう。それに対して動物は、極めて性器を露出しないように体格体位が工夫されている。
 人間に至っては、偉大なる神から与えられしものを、動物以上に、つまり神の御心を強く忖度し、着衣によって性器を覆い隠す努力をするのが正常であるというモラルを身につけ、そこから作り出したルールにより、人間が人間を裁くという、高いレベルにまでに至っている。
 これは動物が、植物のように直接地に根を張るのではなく、植物を介して間接的に地に根を張ることにより、自ら移動できる身体を獲得した結果だろう。つまり、植物ほどには性器を宣伝しなくてもよくなったということだろう。宣伝しなくても、地を這ったり、歩いたりして、移動するという行動によって、生殖が成就するからだ。
 人間はどうだろう。物を介して一般的な動物よりも更に移動する手段を獲得した。履き物、自転車、自動車、船舶、航空機、宇宙船等々。また、それぞれの種類を挙げればきりがないほどだ。
 地に根を張る度合い、つまり地の束縛を受ける度合いが、他の動物よりも低くなり、移動距離や移動速度が上がれば上がるほど、性器というものは、隠蔽しなくてはならぬ。そういう傾向が生まれてもおかしくはないだろう。
 異性との接点をどれだけ持つのが適当であるかという数値があれば、移動に長ける種族となった人間は、その分だけ多くの人間と遭遇することになるので、、その数値は適当な域をすぐに超えてしまうおそれがある。そうなると自然にトラブルが高い確率で発生するようになる。
 これは、逆に言うと、適切な広さの檻の中に、その定員以上の動物を押し込むのと似ている。言わば都会のようなものだ。適切な広さを高層ビル等で適切な広さではなくし、さらに交通網を発達させ、人間同士の接触を異常に増やしたことによるトラブルだ。道で肩が当たっただの、満員電車の中で触られただの、持って生まれた神経以上に神経を使わねばならなくなっている。
 こうした面積あたりの個体数が問題となるような異常な環境を、一生懸命に作り上げてきた過程で、人間は性器を異常に隠蔽する方向をとらざるを得なくなってきたに違いない。これが高じると、特別な器官であると見なされるようになる。
 元々は主要な器官だ。これを効率よく移動させるための足、これを十分に育成するための栄養と確保するための脳や手、そのためのエネルギーを得るための内臓たち。そうした附属パーツに主役を奪われる形で隠遁する性器は、どのような復讐を遂げるのであろうか。
 露出狂などの変態行為に出る者や、性器に異様に興味を持つ者など、復讐は既に行われているのだろう。復讐というと語弊があるが、作用に対する反作用と見なしてもよいかもしれない。
 身近なペットはどうだろう。完全裸体が通常であったはずだが、昨今は着衣されたものを見かけるようになってきた。これはペット自らの意思ではないから、ヒトの趣味を押し付けたに過ぎない。ペットの擬人化をはかり、より自分との距離を縮めなくては気が済まない、そして不安だと思うのなら、擬人化をより高めるため、ペットの性器を覆うべく、パンツをはかせるべきだろう。
 言うまでもなく、それは猿をペットとして飼うときのような「おむつ」ではなく、「パンツ」でなければならない。さらに、体毛を人間並みにして擬人化をはかる趣味が出てくれば、ますますペットの「パンツ」が必要になってくるだろう。こうしたペットの扱いの変化を観察することによって、人間の内部の変化の予兆を察知でき、来たるべき人間自体の変化も予測できるのではないか。
 たとえば性器不要論などが台頭してくる時代が来るかもしれない。最初は自己否定だの何だのと批判されるだろうが、時代が変われば、何事も変わっていくから安心はできない。ただ、その時代には、その時代の人々が暮らしているのだから、たいした問題も無く、必然的なものとして、受け入れられていく可能性は高い。
 もちろん、人口爆発の結果、人口の現象が生じ、人と人の接触が極端に稀になっていけば、そして現在のような交通手段を維持するだけの世の中の体制を維持できなくなっていけば、人間もまた、動物程度となり、最後には植物のように動かなくなり、性器を公にしたり、何か他の生き物を介して生殖したりするのかもしれない。それは生き物ではなく、小型ロボットのようなものが介するようになっていくのかもしれないし、逆に巨大ロボットの中に複数の人間が栽培されているような、効率の良いものになっているかもしれない。
 ついでに、現時点でそのような移動できない人間はいないかと探してみる。たとえば引きこもりのような状態にある人間だ。これは若者から老齢者までいる。
 良かれ悪しかれ、大きな矛盾を抱えた存在だ。移動しなければ異性と接触はできず、種の繁栄に関われないからだ。ヒトはこの移動能力を物を介してまで極めて高くしてきた動物だったはずだ。逆に言えば、極めて高い移動能力を持つ必要があった動物だ。
 引きこもりは、自己軟禁することで自己実現をはかる手段だ。引きこもっているほうが気持ちよいとか、引きこもっているほうが都合がよいとか、引きこもっているほうが周囲に迷惑をかけないとか、引きこもっているほうが安心だとか。
 引きこもることによって失われる自分の未来がある。しかし、その失われる未来よりも優先されるものがたくさんあり、それを頭のどこかで認識しているからこその、引きこもりであるはずだ。その優先される価値が何であるかは、人によって異なるだろう。
 もし、引きこもることで自分が困れば、引きこもっていては生きていかないから、引きこもりを卒業するだろう。それができなければ、死ぬだけだ。引きこもりでなくても死ぬのだから、この際、死ぬことは述べなくてもよいだろう。どちらかと言えば、引きこもりでない方が、交通事故や労働災害でよく死ぬだろう。
 もしかすると、引きこもっているという自覚が薄いということもありそうだ。通信技術の問題がここでも関係してくる。テレビ、ラジオ、パソコン、スマホがあれば、ごく狭いけれども、外に目を向けることはできる。情報も入る。何なら会話もできる。経済活動すら可能だ。
 人間が生来もっている通信能力を、はるかに超える成果を通信技術は実現している。引きこもりを支える大きな要素だ。高度情報化社会の実現だ。高度情報通信システムはそのために構築された。およそその青写真のようにはなってきた。だが、未来図と課題と処方箋までは示してはいても、その次の段階にまでは言及していなかった。引きこもりの大量生産とは文章化できないだろう。
 時間や距離を超えて通信を可能とするこの技術。生体からすれば超能力だ。これは生体と能力の間の大きなギャップだ。その大きなギャップが生み出す、大きな矛盾に正面から言及している人はいるが、矛盾が生み出すたくさんの課題を公に示している人は見かけない。
 だが、次世代の交通手段、交通網、そして、その次に来るものを発達させていくのだから、現段階での成果を活用し、活用した世の中に変わっていかねばならない。一時代一時代はその時点で必要なものだ。だから、長い目で総合的に見ていくと、矛盾は次第に解消していく形になっていくように思う。しかし、個々の人間の寿命単位で見るとどうか。許しがたい状況ばかりの連続という感じ方になるかもしれない。
 現時点での引きこもりは過渡的な状況で、人間の何らかの大きな自己矛盾を中和させるための方法ではないかという仮定で見つめると、それは実に安易な方法だ。動物の生態という観点だけで見ると、特に人間にとっては実に特異で究極的な生活形態の変化だとしか見られない。
 さらに引きこもりが増えれば、通い婚の現代版が文化として生まれるかもしれない。次の段階は、精子と卵子の提供者という立場の獲得となるかもしれない。これは、最も行動力のある動物だと思われる人間が狭い範囲で固定されていることによる公的な性器の大暴露という意味合いをもつものだ。
 徐々に引きこもりが増えると、全体が生き残るため、それに沿った社会の変化が起こるという大前提だが、最終的には、「組織的な引きこもり」の計画と、「増やされた引きこもり内での組織化」の計画の同時進行が始まる予感はないか。遠い先の話だろうが、数世代前が江戸時代だったことを考えると、今後の数世代後までに、何がどう変わっていくのか、あまり想像がつかないのだ。
 もちろん、今は今の時代なのだから、引きこもりを減らすという方向で社会が動いていかねばならない。抵抗しつつ、別物に変わるのを眺める。この繰り返しが後になってから評価され、意味づけをされ、矛盾なく歴史の流れとなるように記述されていくのだろうと思う。
 そのための一つの指標として、性器の露出に関わる件をとらえ、記録し、長い目で研究しなければならないとすると、なぜか少しやりきれないものを感じる。まず誰もやらないだろうから、よいのだけれど。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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