恐怖シリーズ233「まばたきモールス信号の可能性」

 人は緊張したり、興奮したりすると、まばたきが多くなるらしい。嘘をついている時もそうだ。実際、そのように思う。だが、そうしたことだけでまばたきが多くなるのだろうか。
 ドライアイを意識的に改善しようとしてまばたきをしてみることもあるだろう。また、花粉症で痒くなり、手でこするのを我慢してまばたきしてみることもあるだろう。
 こうした原因は、それが何であれ、自然の成り行きでそうなったもので、不審なものではない。
 だが、中には、それ以外の原因でまばたきが多くなることが考えられる。つまり、自然の成り行きでまばたきが多くなるという状況に見せかけて、暗にまばたきによるモールス符号を発信している可能性があるかもしれないのだ。
 まばたきでモールス符号を発信するのは、話しながらではなかなか難しい。だから、人の話を聞いているふりをして発信したり、自分が話し終わった直後に発信したりすることが考えられる。まばたきによるモールス符号で、気づかれずに長めの文章を発信するのは、ほぼ無理だろう。でも、単純な「SOS」の発信など可能だ。「S」は普通のまばたき三回連続、「O」は長めのまばたき三回連続で済む。
 しかし、「O」の長めのまばたき3回は少し不自然なので、相手を前にしての安全な発信は恐らく一度しかできないだろう。回数が少ないほど、ドライアイか花粉症のためと誤魔化すことができるかもしれないが、程度の酷い花粉症であるということを相手に納得させておかない限り、やはり繰り返すほどに、パターンが同じであるだけに、怪しまれやすくなってしまうだろう。そうなると、新たな危機的状況を生むことにもつながるおそれが出てきてしまう。
 そこで、「SOS」の「S]だけを発信しているという可能性を考えなくてはならない。これなら、時折発信しても、さほどに不自然ではなかろう。
 実は自分が危機的な状況に置かれているということを、周囲の人々や動画を視聴している人々へ、暗に知らせたいとき、この方法を使っているかもしれないと疑ってみる価値はある。監視され、発言をコントロールされている状況での最後の手段を見逃してはならない。これには、いろいろな状況が考えられる。ストーカーや誘拐の被害に遭っている状況、組織の中で個人が悲鳴をあげている状況、その他いろいろの状況が思い浮かんでくる。
 世の中にはさまざまな動画が存在して閲覧できるようになっているが、実はこのような深刻な動画が含まれている可能性がある。その可能性をゼロだとする根拠は一つもない。まばたきに注目して動画を分析していけば、この3連続のまばたきを、特定のタイミングで行っているものが発見される可能性がある。
 まばたきでなければ、発信をカムフラージュさせるために、時折貧乏揺すりに代えている場合や、指の動きに代えている場合もあるだろう。しかし、手足が拘束されているときには、はやりまばたきが有力だ。顔を拘束されることはないだろうから。顔を見せなければならないのに顔を拘束していては、状況がばれてしまうからだ。そのうえ、まばたきは自然な動きなので、見抜かれにくい。だが、悲しいことに小さな動きであるために発見もされにくい。
 怪しい動画の中で、話し終わった直後の3回まばたき、人の話を聞いている時の3回まばたき、これの意味するものを酌み取る必要のあるものが、もしかすると、古い過去にもあったかもしれない。もし、動画が残っていれば見つけ、そして悲惨な結末を迎えていたとすれば、改めて弔う必要があるだろう。
 もっとも、その人の日常を知らなければ、それが単なる癖なのか、緊急の暗号なのかを判断することが難しい。家族間の取り決めを平時からしておく必要がありそうだ。そうすれば、ただの救難信号ではなく、もっと情報を発信することができる。
 たとえば、センテンスごとの真偽だ。本当のことならば、右眉をかすかに一瞬だけ上げる。嘘のことならば、何もしない。犯人の名前や場所がわかっていれば、その名前に含まれている発音の時に、少し目を大きく開くとか、僅かに首をかしげるとか、決めておくのだ。もし、動画でなく、手紙、録音テープ、電話、メールなどでも、スペースの開け方や文体の選択等について、簡単な取り決めはしておけるだろう。本人が打ったメールかどうかなど、すぐに判定できる。
 このようなことは、一昔前ならくだらないことだと一笑に付されただろう。だが、これからは違う。複雑化した犯罪の様式の中で、そしてさまざまな通信手段が悪人にも与えられている現在、人知れず生きながら苦しめられている人々、そして犯罪に巻き込まれている人々は、増えていくばかりではないだろうか。そのように予想するのは間違っているだろうか。たとえ間違っていても、防犯という考えからすれば、それが僅かな可能性であっても、備えておくべきではなかろうか。そうすることが、もっと可能性の高いトラブルに対しても対策を講じようとする態度につながっていくからだ。
 犯罪絡みでなくても、このような隠された信号、暗号が、何気なく巷に溢れることは、今の世の中なら十分にあり得る。特定商品の売り上げを目論んでの信号、特定集団に対する連絡としての暗号、発言が制限されていることを知らせる悲鳴としての信号等々。いろいろな意図的な暗号はもちろんのこと、意図的ではない、自然に吐露されたものが暗号めいて発信されている場合もあるだろう。
 こうしたものを探したり解読したりするのは、何となく恐ろしいではないか。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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