恐怖シリーズ234「法医のL氏」⑫

 たとえ、宗教団体としての規模が資産的に拡大したとしても、また信者の数が増加したとしても、組織の腐敗や劣化を引き起こすようではいけない。まだ、どれだけ小さな宗教団体であっても、組織の馴れ合いや無力化を引き起こすようではいけない。そして、どちらにしても教義が形骸化するようではいけない。
 教義自体に、より具体的な性格をもたせること。組織には、資産を持たせないこと。そのように教団を築くしかないと覚悟した。自ずと団体としての規模も決まってくるだろう。もっとも、今回の件を宗教路線で展開すると仮定してのことだが。
 どのような団体であっても、その目的と方法と性格に応じた規模というものがあり、それを逸脱することで、どのような高邁な思想を含んだ団体であっても、それは堕落するのだというのが、L氏の考えだ。
 だが、計画を練る以前に、うまくいかなくなる心配も多々あった。そもそも、彼にはいわゆる信心というものがないのだ。こうなると、従来の伝統的な神仏等に対する信心とは異なる、もう一つ上の段階の信心、真の信心とでもいうべきものを捻出する必要があるかもしれない。実際、現在の各宗教団体が新たなるステージに進展していかないのは、この伝統的な「信心」というものによって支えられているからかもしれない。新たなるステージは、世界各地でここに発生した宗教が、無意味に対立したり、変に吸収合併されることもない状態だ。それはもはや宗教という名前ではないかもしれない。
 そのためには一旦無宗教になる時期が必要かもしれない。伝統的宗教に拘泥するあまり、新たな進展を図ることができずに、二の足を踏み、愚かしい宗教団体内での権力闘争、浄財である資産の不正運用、信者には不透明な内部事情の蓄積から逃れられないのでは、情けなかろう。その情けなさを払拭するかのように、形式的な宗教活動を活動過大評価したり、有名人を起用して、その価値にあやかろうとしたり、団体の歴史を華々しく宣伝するとともに、そこに所属していることに対する自己満足を高めたりするのでは、さらに情けなかろう。
 このように内部が腐敗した団体においては、こうしたことに信者の目が向かぬように、信者の発想をコントロールする情宣活動や、その他の類似活動は必要悪、暗黙の了解といったことなのだろう。ただ、こうした曲がりなりにも行う努力が行き詰まり、あろう事か、異教徒や異宗派への批判や圧力、さらに弾圧、そして駆逐という行動に進んでいく道の最初の扉を開けようとすることもあろう。その扉は、一旦開けると、もう閉じることのできない扉だ。それは歴史的扉となるからだ。
 信仰心のないL氏ではあるが、司法解剖であれ、なんであれ、名目にかかわらず、解剖なる言葉がつく限り、事前に手を合わせることはする。しかし、それは信心からではない。死者に対する敬意と、これから行う所行の目的と、その許しを請う気持から出た、自然の行為だ。何教でも何宗でもない。この感覚は、現在の各宗教の原点にあるはずの素朴な「信心」なのだろう。
 L氏にはいわゆる伝統的な「信心」というものはないのかもしれないが、この素朴な死者に対する心、素朴な「信心」というものがあると考えられる。死者に対する心は、そのまま生きている者に対する心とリンクしていく。そうした生き方を彼はしている可能性があった。
 実家には仏壇があるが、早くから家を出ている事情から、仏教の教えや寺に縁がなかったから、家系的には仏教徒なのであろうが、個人的には何教でもない。これが仏教の教えだとお坊さんから教えてもらう機会がなかったばかりか、仏教の教えを広める活動に出くわしたこともなかった。いまだにそうだ。これは彼が必要でない時以外は外出しないという生活習慣を持っていたせいかもしれない。彼は生まれてから一度も、新興宗教の勧誘を受けたことはあっても、仏教系、キリスト教系の宗教団体からの勧誘を受けたことは一度も無かった。マスコミも口コミでも、勧誘がないのは、まさかとは思うが、元々そうした活動をしていないからかもしれないとも思うのだった。
 彼はいずれ自分にとって宗教が必要になることがあるかもしれないと考えていたにはいた。しかし、その時に自分がどの宗教を選択するかはよくわからないでいた。そして、先祖代々受け継いできたであろう宗教を選択するのか、それともあらゆる選択肢から選ぶのかというような、初歩的なところで考えがストップしたまま、忙しく時を過ごし、今日という日を迎えていることに改めて気づいたのだ。
 特に、今回の試みが自分を振り返ることにもなり、なぜ宗教は先祖代々受け継いでいくものなのかという、大きな疑問が自分の考えを停止させてしまっている原因だということに思いが至り、彼自身その答えをつきとめようと思うようになっていった。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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