変な疑問167「西方浄土ってどこなの?」②

 これらの発想とは異なる「西方」のあり方には、他にどのようなものがあるだろう。
 たとえば、何とか目視できる範囲の場所、つまり大地であれば地平線、海や湖などであれば水平線までを、認識可能な「この地」とし、(といっても遠くは視覚のみによる認識だが)西野方角のその地平線なり水平線なりの向こう、つまり見えないところを「かの地」とし、それを「西方浄土」とすればどうだろう。
 それは、よこしまな心を抱くこともある人、欲にまみれることもある人、そのような人の目で直接汚されることのない地だ。これはかろうじて「西方浄土」の条件の一つを満たすのではないだろうか。
 つまり、普段は人の目に触れることのない非日常の世界、つまり人の欲望を直接に刺激することのない、そうした聖なる地の基本的な最低条件を満たす性格の地だと考えてみるのだ。
 ちなみに、高い土地に建てられた寺院や、高い塔などは、「この地」を広く救うとともに、「かの地」に、見える範囲の「この地」をできるだけ接近させたいという憧れを形にしたものでもあるかのように感じられる。そして、高きところから「かの地」を「かの地」として見定めるための清浄な目を養う、そのための修業も怠らないという覚悟の表れでもあると見ても面白そうだ。高き場所、高きものは、天上に近づく思いからとばかり考えていたが、「西方浄土」であるというのなら、天ではなく、「西方」の地平線、水平線の向こうだと考えるのが自然であるように思う。
 もちろん、見えないからこそ、そこへ行ってみようという欲望はかき立てられるだろう。ただ、その欲望は、あこがれや夢、挑戦などとというような、比較的罪の軽い純粋な欲望だろう。そうした種類の欲望は、理想を求めたり、正しいものを求めたり、美しいものを求めたり、自分の限界を試したりするような、世間的には高い評価を受ける種類のものだ。ただ、実際に行動に移すことで他人に迷惑をかけたり、その欲望の程度が甚だしくなって自身のなすべき事がなせなくなり、実行せずとも他人に迷惑をかけるような状態に陥るようであれば、また話は別だ。
 また、その結末も、結局はたどり着けない挫折感にうちひしがれたり、関係のない場所をそれと勘違いしたりするという、傍目には寂しき愚行になりかねない。
 さらに始末の悪いことに、「かの地」は見えないだけに、そしてたどり着けないだけに、美化され、神秘化され、人々の心を高めていく。仮に実際に宗教的に理想的なモデル地区があって、そこが「浄土」と呼ばれる場所であったとしても、「この地」における「かの地」の美化と神秘化によって期待が大きくふくらみすぎ、そこに現実との大きなギャップが生じることになって、たとえそのような何らかの理想郷のような地域にたどり着いたとしても、それだとは認識されないおそれもある。
 逆に、実生活の場からは見えないところにあるだけに、昔のことでもあり、恐ろしくもあったろう。だが、その場合には、行こうという気持ちも起こらないから、問題はない。問題が起こらないという実績は、「かの地」は「かの地」であり、「この地」は「この地」であるという分別にもなっていくだろう。その分別は、「穢土」である「この地」を、理想的な「かの地」に近づけるべく精進しようとする、宗教的な生き方を生むことになるだろうと思う。
 つまり、たどり着けないところには手を合わせることで、思いを処理し、その諦めによって、逆に「この地」に対して実際の宗教的行動を起こすというメカニズムだ。お釈迦様が、こうしたものを発動するために、観念的な「西方浄土」を掲げたのだとしたら、それは合理的な導きであったと思う。嘘ではないが、方便というものだ。
 一方、「かの地」が実質的な地域であれ、観念的な地域であれ、そこへ行こうと試みることができるのは、「この地」から離れることのできる立場の者だけに限られる。恐らくそれは、軍隊の兵士か、商人か、冒険家か、修行僧、もしくは井上靖の「補陀落渡海記」に出てくる高僧(彼は西方ではなく、南方の観音浄土を目指すのだが)の類、つまり特殊な者たちだろう。
 つまり、土地から離れられない一般人は思いを抱くだけという仕組みなのだ。そうした意味では、土地と共に生活する一般人のほうが、行動を起こす者よりも、逆に「かの地」に対して純粋だという見方もできそうだ。
 軍隊には軍事目的があるから、その第一目標を達成したら、それで行動は終了する。手柄を認めてもらいたいという欲望があるので、首尾よく任務を遂行したあとは、費用の問題もあり、さらに進むことは許されない。商人も同様だ。儲けたいという欲望が常にあるので、商売にならないと判断した途端、先へは進まない。冒険家は戻って冒険譚を語り、自分の記録や成果を発表したいという欲望があるので、そのエピソードや証拠などの何らかのものを手に入れさえすれば、長居は無用、すぐに戻るはずだ。あるいは、さまざまな理由で行きついた土地に吸収され、埋没してしまう。修行する者も、同様だ。その成果を見せたかったり、宗教生活に生かしたいという欲望があるから、目的を達したと感じたら早急に戻るだろう。ただ、自分の修行を達成させるための理想的な場所を途中で見つけたと感じた場合などは、そこへ居つくから直ぐには戻らないかもしれない。
 水平線、地平線の向こうにある「かの地」は、このような移動できる人々にとっても、当然のことだが、やはりどこまで行ってもたどり着けない地、行き尽くせない地となっていく。目的達成のため、諦めのため、勘違いのため、彼らは「この地」に戻ったり、途中で居ついたりするのだ。
 つまり、水平線、地平線は、さらなる向こうの「かの地」をその向こうに隠しているが、彼らが持っているこのような欲望が満たされたり、諦めてしまったり、満たされたと思ってしまったりするために、結果として「かの地」は「かの地」として守られている。
 また、そうではない場合には、「かの地」をめざして命のある限り、実質的な存在であれ、観念的な存在であれ、「西方浄土」を目指し続けるしかない。これは既に一つの行となっていれば、理にかなった純粋な行動と位置づけられるかもしれないが、そうでなければ単なる愚行にすぎない。どちらにしても恐ろしいリスクを負っている。土地を離れるということは、そういうことだ。
 このようにいろいろな意味で汚されることのない「浄土」、「西の彼方の世界」は、煩悩多き「この地」、すなわち「穢土」の住人の頭の中で、その煩悩が深ければ深いほどに、次第に次第に非常に魅力的なものとなっていっただろう。「天」なら最初から諦めるしかないが、「西方」ならば、思わせぶりではあるが、なじみはある。地上だからだ。
 因みに、「この地」でなければどこでもよかったに違いない。海の向こうだの、地の果てだの、南方だの、西方だの。だが、南に行けば海(補陀落渡海のように船で行く場合は乗っているだが、海流任せなので目指すとは言いがたい。太平洋をぐるぐるめぐるだけだろう。死んでもたどり着かない可能性がある。仮にどこかの土地にたどり着けば、そのような高僧が次第に増えていくので、浄土的にはなるかもしれない。)、北に行けば山に阻まれる。残されたのは東と西だ。だが、「東方」からよりも「西方」からの流れに価値を置いていたのではないだろうか。新しき良きもの、古き良きものが、西から来て、この地より東へと移動する。そうした感覚が当時にあったとすれば、最初から「西方」に対する憧れもあったろう。その流れが「西方浄土」という感覚の土台にあったとしても不思議ではないように思う。
 さて、仮に修行僧の類が、「西方浄土」をなぜか地理的に目指したとしよう。行く先行く先で訪ねるたび、その地の人々が自分の生活圏が「浄土」に含まれていると意識していない以上、仮にその地が実質的に存在する浄土であったとしても、旅の僧の問いに対して「ああ、西方ですか、それはあちらです」と方角を示すだけとなるだろう。
 行けども行けども永遠にたどり着けないところになっていく。そこに気づくための修行を命じられてのことならば、かろうじて意味があるかもしれないが、そうでないのなら、その旅は意味のない移動になってしまうだろう。
 そもそも、自分の生きているところを「浄土」と認識する人がどれだけいるだろう。実質的に暮らしの拠点とする土地は、因縁が深く、欲にまみれた世界となって目の前に姿を現しているはずだからだ。そうしたものを見かけのものだと解釈した少数の人は、「本当はここが浄土なのだよ。」と思っているかもしれないが、通常ならば、生活の中で「この地」というものは日々「穢土」としての程度を深めていくようにしか見えないのではないかと思う。
 たとえ、仮にその地の人々が「ここは浄土」だという意識を持って生活していたとしても、旅の僧が「西方」と問うのだから、ここよりも、更に西の方にある別の「浄土」だととらえ、やはり「ああ、西方ですか、それはあちらです」と方角を示すことになる可能性が高い。結局どこまでも歩いて行く結果になってしまうかもしれない。何ともおかしな話だ。「西方浄土」という曖昧な言葉すべては原因があることは間違いない。
 さて、「この地」を離れれば離れるほど、言葉の問題が発生するのも間違いないことだ。最初は方言程度の違いだと思っていた言葉の異なりが、やがてどのような言葉も通じなくなるほどの言葉の異なりとなっていくのだ。尋ねることもままならぬことになった結果、よりいっそう目的地を訪ねることが困難になってくるという不都合が起こる。そうした問題も解決しなくてはならないような、地理的移動は当時としてはかなりリスクが高いものとなるので、途中から、「観念的な存在なのだ」と頭を切り換えて戻らねばならない。いつかは異教徒の地を歩くことになり、混乱はますます大きくなるだろうからだ。
 また、その地が仮に「浄土」であっても、頭の中で美化し、神秘化させてきた浄土とのギャップは小さなものではないため、「穢土」に見えてしまう可能性は高い。遠くから見ると美しいが、近くで見ればそれほどでもないということは、よくあることだ。そこに実際に住んでみると、その感じを強く持つ可能性がある。この感覚は観光客と実際に生活している人々との間にある、その地のイメージのギャップと共通するものだ。
 観光客にとっては素晴らしくても、土地の人はさほどそうでもないと思っているものだ。ただ、お金を落としていってくれる資源となっているという意味では素晴らしいとは感じるだろうけれど。
 いかにも「西方浄土」は観念的なものでなくては都合が悪そうだ。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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