変な疑問169「西方浄土ってどこなの?」③

 お釈迦様の気持ちを推し量ってみる。狭いかもしれないが、自分の足で歩いて見聞きできる「生活範囲」、そして「布教できる範囲」として責任もって活動できる範囲としての「この地」を、何とかしようではないか。目に見えぬ、そしてたどり着けぬ「かの地」、到達し得ない理想の「かの地」、つまり「浄土」に近づけようではないか、それが自分たちに課せられた使命だ。生前説かれた教えはともかくとして、結局は「地に足をつけた活動」でなくては意味がないのだよというようなことを、弟子に覚悟させるためのことばだったのではなかろうかと思うのだ。
 難しい話も、最後は単純なところに落ち着くものだ。途中は道筋。いろいろあろうが、最後は何の変哲もない頂に至る。「西方浄土」というのは、弟子にそのように「観念させる」ためのキーワードだったのではないかと解釈したら、何か味わいがあって面白かろう。
 生きて行きつくところのない「西方」であるとは、行かずともわかる。「この地」ならぬどこか。つまり、「穢土」ではないところ。行けなくても見えなくても、それは頭の中で理解されていればよい、理想の世界。行ける行けないは、最初から問題ではない。
 そこは、「穢土」である「この地」から遠く離れたところ、離れれば離れているほど、「穢土」の要素が少なくなっていくという地理的発想が含まれているかもしれない。生きて行きつくところのない遠いところが「西方浄土」なら、そこへは死ねば行けるかもしれないという短絡的な発想。それは、死んだら行けるところという願望からの変化を経て、さらに死んだら行くところという運命の一つとしてとらえられるものになっていっても不思議ではないように思う。思いは強い願いに進展し、統合され、単純な観念となる。
 そのために、現世で一緒になれぬならと、「死んで一緒になりましょう。」という、早まった考えも生まれ得る。そうしたリスクはあるけれども、それ以上に「西方浄土」という感覚が、多くの人の心の支えとなり、多くの人を現世の苦難と感じられるものから救うための根本的な仕組みになるだろう、という判断があったのだろう。
 一部の例外的な行動をとる者、つまり実際に「かの地」である「西方浄土」という地域に行こうという無謀で無意味な旅を試みる不心得者、そうした特殊な者は除外するとして、尋常に物事を考える弟子は、ではいったいどうしていったのだろう。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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