日々雑感354「誤報の責任をどう果たしてきたか」

 テレビ・新聞等の力がなくなっている。力が衰えたわけではなく、真の力を発揮しなくなっている。つまり、面白くないのだ。それは、誤報の対応でもわかる。今回のフジテレビの誤報も、かなり高い確率で、誤報であったことが僕には伝わらなかった。それは、何度も同じようなことを報道しているマスコミが、なぜか自らの謝罪については何度も謝罪し続けないからだ。
 テレビによる、しかもアナウンサーによる謝罪しかしていないのだろうか。誤報被害者に対する直接の謝罪はどのように為されたのだろう。そこを自ら報道するのが筋だろう。道義上の問題だ。まさか、そうしたものがないということはないだろう。またテレビ・新聞から次第に皆離れていく原因を自ら作ってしまったのが残念だ。それでは困るのだ。確かな情報、必要な情報、これを流しうるのはテレビ・新聞等なのだから。スポンサーにはもちろんのこと、テレビというくくりで、他局への迷惑にもなっているのに、そうした言葉すらもないとしたら、相当に腐っていることになる。
 どうしてこんなになってしまったのだろう。誰がどうしたことによってそうなったかという責任問題なのか、体質の問題なのか。それとも担当者の質の問題なのか。そうしたものを追及するドキュメント番組を制作すべきレベルだが、それをやると自虐的ということになってプライドが傷ついてしまう。
 番組制作にかかわる多くの何の罪もない人々が、逆にモチベーションの高い多くの人々が、一部の人のおごり高ぶりによる大きなミスによって変な目で見られるというのは断じておかしい。アナウンサーによる謝罪に対する違和感がどうにも強く残る。アナウンサーは番組制作責任者ではないだろう。

以下、読売新聞(YOMIURI ONLINE)より
京都府議の書類送検で誤報、フジテレビが謝罪
2017年08月29日 22時35分
 フジテレビは29日、情報番組「とくダネ!」で前日放送した荒巻隆三・京都府議(44)と妻のトラブルを巡る特集について事実確認がとれていない報道だったとして、番組内で笠井信輔アナウンサーが謝罪した。
 放送では、荒巻府議が23日に妻への傷害容疑で書類送検されたとしたが、事実ではなかった。同局では7月にも一般男性のインタビュー映像を容疑者として放送するなど誤報が続いている。フジテレビ企業広報室は「再発防止に向けて取り組んでいるが、再発したことを非常に重く受け止めている」とコメントした。
 一方、荒巻府議は29日、妻に対する傷害容疑で京都府警下京署から京都地検に書類送検された。同署は起訴か不起訴かの判断を地検に委ねる「相当処分」の意見を付けた。荒巻府議は自民党所属で、読売新聞の取材に「口論にはなったが、体には触れていない」と否定している。

 この放送は僕も視聴していたので、その府議はどんなに酷い人間かと思ったものだ。その特集の番組の中では、誤報の被害者となった荒巻氏のズボンに大きな穴が開いた後ろ姿の写真まで流していた。どんなにだらしなく、普通ではない人間かということを演出するためだとしか思われない。それも、後ろ姿なので本人だという確証もないのだ。
 アナウンサーに謝罪を代弁させているところに、テレビ局の姿勢にそもそもの間違いがある。自分たちはいろいろな報道で事件の責任者が頭を下げて謝罪会見を開いているのを、どの視聴者よりも目の当たりにしているはずだ。その番組制作責任者が顔を出さないというのは、誠意がないというよりも謝罪意識がないことを表明しているのと同じだと思われても仕方ないだろう。これまで何を報道してきたのか、何を学んできたのかと失笑されるしかない事態だ。これでは困るのだ。スポンサーの商品を買って視聴者は応援しているじゃないか。
 視聴率の中には、誤報に費やした時間や回数に応じた謝罪時間を配慮して謝罪するのだろうかとか、報道機関らしく、本人へ直接どのように謝罪したか、その謝罪風景を映像として誠意を持って流すのだろうかとか、具体的にどのように誤報再発防止をするのかとか、そうした厳しい目で見ている多くの人たちの数字が入っているということを、再認識しないとまずいのではないだろうか。何でも最初は少しだが、急速に変わっていく。
 ネット社会では、テレビや新聞の旧態依然とした、奢りや高ぶりしか自分たちが見せていないことに早く気づくべきだ。それでないと、本来の機能を果たさないだろう。テレビ・新聞は面白くないから人々が離れていくのだが、厳しい目で見る人たちは離れない。そうしたマスコミウォッチャーたちが視聴率を支えていくことになるだろう。それは悲しいことだ。あこがれのテレビの世界が実はアニメ作品や映画作品によるものであって、それが報道番組の誤報によって割引されてしまうことが、テレビ世代の僕としてはこの上なく悲しいのだ。マスゴミという言葉を見聞きして悲しく思うのは、心から応援してきた僕たち視聴者でもあるのだ。
 まさか。もしかすると、テレビや新聞が面白くないという意味を取り違えているのだろうか。そんなことはあるまい。

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