恐怖シリーズ243「貧しい読書法」

 読書は心の糧になるという。だとすれば、読書法は重要だ。咀嚼不良、誤嚥、食わず嫌い、偏食、大食、小食、嘔吐、下痢。何でもありの結果を左右するのが読書法ということになる。
 読書の目的に応じた読書法。目的が異なれば、方法も異なるはずだ。すると、目的の数だけ読書法があるということになる。
 では、読書にはどのような目的があるのだろうか。もちろん、この目的が意識されている場合と、意識されていない場合に分かれる。思いついた順に、分類することなく、重複確認することなく羅列してみよう。百ほどあるのではないかと予想するが、どうだろう。

前半
①暇つぶしのための読書
②調べ物のための読書
③作者研究のための読書
④読書感想を書くための読書
⑤校正のための読書
⑥人間研究のための読書
⑦知識や知恵を得るための読書
⑧テーマを追求するための読書
⑨作者と対話するための読書
⑩文字や語句を覚えるための読書
⑪文字を忘れないための読書
⑫自己啓発のための読書
⑬読書を通した人間関係を作るための読書
⑭課題を解決するための読書
⑮人生や人情を味わうための読書
⑯文章作法を学ぶための読書
⑰世の中を読み解くヒントを得るための読書
⑱国語力をつけるための読書
⑲話題収集のための読書
⑳他人からの干渉にバリアを張るための読書
㉑辛いことを忘れるために没頭するための読書
㉒本を紹介するための読書
㉓新しい視点を得るための読書
㉔新しい疑問や新しい課題を抱くための読書
㉕同一テーマに現在どれだけの考えがあるかを確認するための読書
㉖ベストセラーなど流行についていくための読書
㉗過去の人々の生活や人情を知るための読書
㉘本を紹介してくれた義理を果たすための読書
㉙本をもらった義理を果たすための読書
㉙プレゼントする本を選ぶための読書
㉚読書歴から人物を把握するための読書
㉛表紙やタイトルからの興味・関心を満たすための読書
㉜罰ゲームとしての義務を果たすための読書
㉝心の穴を埋めるための読書
㉞教養を高めるための読書
㉟幅広い知識を得るための読書
㊱人間とは何かを知るための読書
㊲論理的な思考を身につけるための読書
㊳統計や資料を得るための読書
㊴音読、朗読のための読書
㊵新しいアイデアや新しい発想を得るための読書
㊶ぼけ防止のための読書
㊷人生を学ぶための読書
㊸著者を批判するための読書
㊹書評を書くための読書
㊺関連する本同士の内容を比較するための読書
㊻異なる版の異同を確認するための読書
㊼内容の誤りを指摘するための読書
㊽為すべきことから逃げるための読書
㊾言質を取るための読書
㊿文章による病理診断のための読書

後半
①見栄を張るための読書
②翻訳するための読書
③外国語を習得するための読書
④自分の成長を確認するための読書
⑤速読技術のトレーニングのための読書
⑥故人と出会うための読書
⑦自分の未熟さを確認するための読書
⑧音読や黙読のスピードを測るための読書
⑨読書量を競うための読書
⑩読書量のノルマを果たすための読書
⑪思考のヒントを得るための読書
⑫眠気を催すための読書
⑬眠気を覚ますための読書
⑭自ら叱咤激励するための読書
⑮静かに過ごすための読書
⑯感想を語り合うための読書
⑰集団で一斉に行う意思統一のための読書
⑱己の過去の著作を再評価するための読書
⑲文章力を高めるための読書
⑳仕事のための読書
㉑生活のための読書
㉒趣味のための読書
㉓時代をつかむための読書

 取り敢えず、思いつくまま重複も恐れず、73「種類挙げたが、まだ残り27種類の読書の目的があると仮定しておこう。今後、今まで気がつかなかった新しい読書の目的が見つかると思うからだ。世の中が変われば、その必要に応じて読書の目的が新しく生まれるのは道理だ。
 できるだけ多くの目的を意識すれば、より有意義な読書がなされ、一冊の本からできるだけ多くの価値を引き出すことができるだろう。読書の目的に応じた正しい方法を考えることで、より適切な選書や、より効率の良い読書が可能となるに違いない。
 耳学問も有効だが、読書の情報量と確実さについては譲れないところだ。耳学問は耳学問で、思いもよらぬ発想を得たり、ヒントを得たりするので、捨てたものではないが、「へー、なるほど。」で終わりやすいから、書物につなげ、そこから出発する努力が必要だ。
 仕事と無関係の読書生活は短いかもしれないが、これを長年続けていけば、豊かな生活が得られるかもしれない。実生活の豊かさ、精神生活の豊かさ、人間関係の豊かさ、もしかすると経済的な豊かさとなっていくかもしれない。
 こう考えてみると、読書には夢がある。たった一つの統計資料からでも、挿絵の如き図表からでも、登場人物の一言からでも、何かを頭に思い描くことができる。その思い描いたことが行動につながる。行動は結果を生み、生活を変える。これが夢でなくて何であろう。
 古い本もよいだろう。時代とずれているがゆえに有効だと思うのだ。今の世を昔の人の視点や考え方で客観的に評価できる。混迷するのは、現代人が現代人のことを考えているからだ。古い思考法、現代の思考法の比較が大事だ。それは新しい思考法を生み出すための第一歩だ。これらは読書でしか得られないといったら言い過ぎだろうか。人間は何を望み、どんな幻想をもち、どのようにしようと考えているか。これらを広い分野の読書でおよそ把握できそうではないか。そうしたら現代をどうとらえ、自分をどうとらえ、何をどう判断し、どう行動するかがそこから見えてくるはずだ。
 古い本を様々な分野にわたって種々読むことは、ある程度の目的意識をもっていなければ、つまるところ単なる暇つぶしか、作者や筆者との語らい、あるいは自分を見つめ直すという程度の読書にとどまりがちとなるだろう。それは、読書のもつ価値を半減させてしまうどころか、ほとんど無くしてしまうことにもつながりかねない。
 では、これからの読書法はどうあるべきだろうかと心がけて試行錯誤すること。今どのような目的で読書しているのだろうかという自覚を持つということ。その目的に合った自分に適した読書方法を自ら見つけたり、教えてもらったりすること。そうしないと、手持ちの読書法が貧しくなり、読書が効率的に為されなくなる。人生で有効な読書は、500冊と聞いたことがある。本当かなと思うこともあったが、次第にそうかもしれないと思うようになってきた。これは年を重ねて生きてきたせいかもしれない。
 500冊だと仮定し、それが自分にとって10冊に一冊ぐらいの出現率だとしてみると、5000冊ということになる。これは大変な冊数だ。一冊一冊の選書も大事だが、分野のバランスも重要だ。書評や関連図書をネット等も駆使し、できるだけ短期間に見つける必要がありそうだ。あるいは、既に他人によって選書されているもの中から選んで効率化を図ることも大事だ。これは公共図書館をいくつか梯子して蔵書を見るようにすることで当面は事足りるだろう。
 とにかく自分の頭だけで考えていると、下手な考え休むに似たりとなってしまう。それだけは避けたいものだ。しかし、何しろ人生として与えられている時間は多くはない。やはり世代を超えての読書をする必要があるのかもしれない。これが究極の読書法となっていくか、読書によらない別の方法が新しく生み出されるか。面白いところだ。いや、それはいろいろな意味で怖いといったほうがよいだろう。もっと単純に生きていけるのが正常だと思うからだ。
 もっと単純に生きていければ、皆があまり格差のないような状態になるからだ。だが、いくらさまざまな格差が小さくなったとしても、結局その小さな格差の中で、更に小さな格差を築き上げようとする傾向が出てくるだろうと思うのだ。それは傍目には面白そうでも、当事者にとっては、大きな格差があったときと同じような苦難だと感じるか、また小さな格差であるがゆえの、より大きな苦難を感じるかのどちらかだろう。

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どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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