突然思い出したこと185「いろはに金平糖」②

 「いろはに金平糖」とか「いろはにこんぺいとう」とかいう童歌は、数え歌ではなく、連想した言葉を次々とつなげていくものだ。だから、数に一定限度のある数え歌よりも、勢いに任せて歌詞の分量が多くなる傾向が出てくる。もちろん、単純に分量が多くなるだけでなく、似て非なるスタイルを持った歌詞が、多岐にわたるバリエーションとして生じていく傾向も出てくる。
 たとえば、「いろはにこんぺいとう、こんぺいとうはあまい、あまいはさとう、さとうはしろい、しろいはうさぎ、うさぎははねる、はねるはかえる、かえるはあおい、あおいはおばけ、おばけはきえる、きえるはでんき、でんきはひかる、ひかるはおやじのはげあたま」という類の歌詞がある。これに対して「はねるはうさぎ」を「はねるはのみ」とし、「のみはあかい、あかいはほうずき」などと続けられているものもあるようだ。この方式で、いろいろの連想によって様々な続き方が生み出されていく。
 しかし、連想のプロセスがほぼ無数に創作できそうであるのに対して、なぜか最終的には「親父のはげ頭」で締め括られることになっている。もしかすると、その最後の文句を出現させることが、本来の目的であるかもしれない。いつ「親父のはげ頭」になるのだろうか、どのようにして「親父のはげ頭」に持ち込んでいくのだろうか、などという楽しさは捨てがたいものだ。
 もしかすると、前置きなしに「親父のはげ頭」を出すにはしのびないという情けある感覚、逆に、「結局は親父のはげ頭になるんだよ!」というだめ押しを突きつけるという情け容赦のない感覚のどちらか、あるいは両方の感覚が、その楽しさの感情とともに存在しているのかもしれない。
 そうしたことはどうあれ、歌詞の最初と最後の決まり文句、その二つを自由な連想でつなぐという、なかなかに都合の良い構造を「いろはに金平糖」の歌詞は持っていると言える。
 自由に連想して長々としたものを自分たちで創作できるのだから、子供にとっては高い充実感が生まれるだろう。同時に、それを順番どおり正しく暗記して、正しく歌いきるチャレンジをして成功すれば、これも高い達成感が生まれるだろう。
 また、言葉の連想のつなぎ方の面白さを競う場面を設定すれば、つなげ方に磨きがかかろうし、つなげ方に特別なルールや技巧を生み出せる可能性もあり、幼い子供だけでなく、ある程度年を重ねた少年少女たちを満足させうるゲーム性を発揮させることもできそうだ。連歌的な感じにもなりそうな伸びしろも持っているというわけだ。
 このようなものだから、能力に応じて楽しみ方を工夫できるということだ。だから、一定の年齢層の子供たちにとって、面白くないわけがない。しかも、歌詞の締めくくりに「親父のはげ頭」がくるように連想を方向付けていくという面白さは幼い子供にも受けるパターンだ。やはり、この言葉遊びの歌の最終目的は、最後の「親父のはげ頭」に向けて皆で大合唱することにある、と考えるのが自然だ。恐らく、それが理想の遊び方だろう。
 「いろはにこんぺいとう」という言葉遊びの歌は、道具を使うわけでもないから、家が貧乏だから道具が用意できずに拗ねているとか、金持ちだから皆に羨ましがられるような道具を見せびらかすとか、そうした悲しい思いをすることもないし、愚かな思い上がりをすることもない。
 このように、いつでも、どこでも誰でも平等に楽しめるものだ。弱い立場にある子供同士が共通の仮想的である「親父」を狙い撃ちすることを通して、互いの結束を固めたり、憤懣やるかたなきことも子供であるから多かろうが、それを最も無難に、そして省力的に解消したりする効果があるのだから、子供たちにとっては、罪の少ない遊びだと言える。全く罪のない遊びでは楽しめないが、罪な遊びも楽しめない。ちょうど良い手頃な言葉遊びという、絶妙の位置を獲得しているように見える。
 ところで、最後に「はげ頭が光る」という展開の歌詞だが、そこには文字通りの明るい何かがある。まず、子供たちの屈託のない明るい笑いがあるだろう。手入れの面倒な髪の毛がない、綺麗さっぱりした爽やかさが感じられる。シャンプーしなければ汚れて臭う頭髪のない、輝かしくも溢れんばかりの清潔感が感じられる。カツラをかぶらぬ質実剛健な潔さが感じられる。髪型で顔を飾らない素朴さ、誠実さが感じられる。大事な頭部を無防備なままさらけ出す、ある種ある程度の捨て身の覚悟が感じられる。頭髪の手入れにかけていた労力と時間と金銭を、家族や仕事のために費やそうとする、家庭愛や仕事愛が仄かに感じられる。洗髪で発生する生活汚水をかなり減少させる、未来型の生活感を感じさせる。持ち上げるのは、このぐらいでよしにしておこうか。
 特に、高校球児の坊主頭にさわやかさを感じる人々にとってはなおのこと、彼らの上を行く、くりくり坊主の「親父のはげ頭」は、絶品であろう。・・・・・・かもしれない。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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