恐怖シリーズ245「テロリストのテロリシア」

 イスラム国は首都を奪い返されて失い、本当のテロリストになるしかなくなったようだ。これは困ったことだ。本当のテロリストは辛い物に違いない。死ぬまで人から恨まれ続けられなくてはならないからだ。
 テロリストはテロリストだけで国を作ればよい。イスラム国のように女性を蹂躙したり、男性を殺したり、子供を人間の盾にしたり、無関係の人々を奴隷のように支配したりするのは、いったいどんな理屈によるものだったのだろう。当然、世界はその理屈を承認しなかった。特に平和に暮らすイスラム教の人々は苦々しく思っていたに違いない。イスラム教をこれ以上、テロリストによって貶めてはいけない。何教であれ、人を傷つけたり、殺したりするようであってはならない。イスラム教徒の人口は人類の3割程度と聞いたことがある。そんな大宗教の名を汚してはならない。僕はイスラム教徒ではないが、互いに尊敬し合うような姿勢を持っていなければ、それは何教を名のろうと道を誤っている。自分たちの国を武力によらずに、世界から祝福される方法で建国する道はないのだろうか。
 今回の首都陥落で、本当のテロリストになり、今以上に迷惑をかけ、今以上に人を殺し始めるかもしれない。でも、それは止めた方がよい。自分たちだけで国を作ったほうがよい。誰も巻き込まず、誰も人質にせず、国を作った方がよい。人を傷つけたり、殺したりするのはやめて、平和に自分たちだけで暮らせばよいのだ。干渉せず、干渉されずに生きていけばよい。立派な生活態度で生活していれば、脅したり、金でつったり、宣伝したりしなくても、人は集まってくるものだ。脅したり、金でつったり、宣伝したりした分だけ、信頼されてないということの証明となってしまうから、止めたほうがよい。
 だが、国を作るのには土地が必要だ。それは武力で奪ったり、騙して奪ったりするものではない。合法的に購入するのがよいだろう。農地を拓き、産業を興し、他国と対等に貿易をしよう。そのぐらいの力はあるはずだ。神に守られているのだから。優秀な人物もいるのではなかったか。彼らが世界に償いをする形での建国なら、認めてくれるのではないだろうか。イスラム教徒なのだからできるはずだ。
 ただ、国名はテロリストだったことを忘れないように、「テロリシア」とか「テロランド」とか、「テロ」という言葉を入れるのがよいだろう。通貨は「テロ」が覚えやすい。ガソリン1リットルが5000テロとか、チョコレート一袋10000テロとか、語呂がよい。国として当初は認められないかもしれないが、善行を積むうちに何とかなるだろうと思うのだ。どこかの国の片隅で試運転し、その後、世界に祝福されながらの独立を目指すのがよいと思う。それまでの預かりを何処の国が引き受けてくれるかが問題だが、人望と神のご加護があれば、これも問題ないだろう。
 誰も人の幸せを決して奪ってはいけない。どの宗教でもそのように謳っているはずだ。もし、うでないとしたら、それはそれは恐ろしいことになるに違いない。

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「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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