「遺体」に対する思いにはどのような種類があるだろうか。
仏と同じ思い。「生体」と同じ思い。「死体」と同じ思い。物と同じ思い。生ゴミと同じ思い。不浄なものと同じ思い。忌むべきものと同じ思い。恐怖すべきものと同じ思い。滅ぼすべきものと同じ思い。様々あるだろうが、これが幾つか割合を異にして混じり合った思いというものが、「遺体」に対する実際の思いだろう。
その中のどれを中心とした思いを自分が抱いているのか。そして、建前としてはどの思いをもって振る舞うべきだと了解しているのか。こうしたものの傾向は、集団の中でどのように発生してきたものだろうか。
まず、「遺体」に対して「仏と同じ思い」は抱くのはどうしてかを考えてみよう。
なくなったばかりに方のことを「にいぼとけ」という。つまり、「新仏」だ。亡くなって仏になったという考え方や思いは、この国では、いつからそうなったのかは分からないけれど、これは今でも通用する考え方と思いだ。亡くなった、つまり仏になったのだから全てが許される存在となるのだ。さらに言えば、仏は生きている者を救ってくれる存在だから、そこにつながりのある存在となるとしてもでもあるのだ。
僕たちには、人が亡くなると、そのような力を持つ存在になる、少なくともそうした存在に近づくと考えるのだ。それは、成仏すれば、空の上から生きている者を見守ってくれるという感覚からくるものだろう。
空の上とは、天国だろうか、極楽だろうか。天国から誰それさんが私を見守っていてくれるという感覚はあっても、なかなか極楽から誰それさんが私を見守っていてくれるという感覚にはなぜかならない。それはどうしてだろう。
極楽では、そこに行った者が自分だけ幸せになっているという感じがする。それに対して、天国からは救いの手が生きている者にもさしのべられそうな気がする。それはどうしてだろう。キリスト教の影響でもあるのだろうか。「地獄、極楽」は仏教的な言葉に聞こえ、「地獄、天国」はキリスト教的な言葉に聞こえるという、そうした事実が関係するのだろうか。
いずれにしても、僕たちはいつの間にか天国と極楽を混同しながらも、どこかで区別しているということなのだろう。
生前に随分と周囲の人に迷惑をかけて生きてきた、好ましからざる人物が亡くなったときには、特にそうだが、「死ねば仏と認定しないことには、やりきれない。」ということなのだろう。生きているうちに償ってほしかったのに、という思いがそこにはある。
亡くなってしまっては、もう仕返しのしようもなくなって、遺された被害者たちは怒りの対象を失ってしまうのだ。その喪失感、そして怒りのやり場のなさが、何とも言えないやりきれなさとなり、亡くなって後までも、そうしたものによって、苦しめられなければならないのだ。
そのままでは、とても心を整理できないだろう。しかし、そこで「死ねば仏」と自らを諭せば、自分が救われた気持ちにもなろうというものだ。
次に、「遺体」に対して「生体と同じ思い」を抱くのはどうしてかを考えてみよう。
亡くなっても、それを認めたくないという強い思いがあるために、「生体」に対するのと同じ思いを抱くのだろう。何かが当たれば痛かったのではないかと思い、時が経てばお腹がすいたのではないかと思うのだ。
生きていた頃と同じような思いを抱くような努力を己に課すことによって、逆にまるで生きていた頃と同じように向き合えたり、亡くなった事実さえも忘れていられるような時間を感じられたりするということはあるだろう。そうすることによって遺族の心が癒やされるのだ。
ただ、そのための方便として抱いている思いだという意識がなくなると、まずいことになるだろう。心が癒やされるのではなく、本当に生きていると信じ込んでしまうと、心のダメージを追わない代わりに、日常生活に支障を来すことになるだろう。気印の類だ。
これとは別に、病気によっては、少しずつ肉体を切除しながら生きながらえるということもある。切除された肉体の一部は、焼却処分するか、何らかの保存処理をしておき、最後にお亡くなりになったとき、本体とそれらとを一緒に火葬したり、土葬したりするということもあるだろう。
その途中段階が難しい。既に切除された部分は死んでいるから、それを保存している以上は、手術を重ねるごとに、それらが少しずつ増え、「死体」が次第に完成していくことになる。それは死体ではあっても、本体は生きているのだから、「生体」と「死体」が同時に存在することになる。勿論、死体と言っても、本体が生きているから、法律的には死体ではないのだろうけれど。
医学が進歩すればするほど、この傾向は強くなる。四肢を全て失っても生きていける。内臓も他人のものやら機械やらに取り替えれば生きていける。
しかし、切除した自分の内臓は保存され、自分の死体の一部となる。そうこうしているうちに、ほとんどの内臓が取り替えられ、別の場所で自分の完全死体が次第に完成していくことになるはずだ。
生きている部分の重量と、切除した部分の総重量が逆転したとき、その人は「死体」なのか「生体」なのかが、次第に曖昧になってくる。勿論、本体が生きている以上は、法律的には明確なのだが、物理的にはどうかというと、圧倒的に死んでいる肉体の方が重くなったとき、本人やら周囲の人々は、どのような思いを、生体部分や死体部分に対して抱くだろうか。
おそらく、通常は、死体部分に対しても「生体と同じ思い」を持つ人が、健康的な精神を持った人だと思われるだろう。
しかし、本当はほとんどが死体部分となる場合も十分に考えられる。その時に、死体部分に対して「生体と同じ思い」を抱き続けることができるかどうかだ。僕は、個人的にはそうした思いを恐らく持てないように思う。
次に、「遺体」に対して「死体と同じ思い」を抱くのはどうしてかを考えてみよう。
「遺体」とは、「絆の深い死体」のことだろう。それを「遺体」としてではなく、単なる「死体」に対するのと同じ思いを抱くのは、死を認めつつも、自分に近い関係の人を失って動揺した心の平常を保とうと涙ぐましい努力をした結果だろう。
名前も知らない人であれば、「遺体」というよりも、単に命の失われた「死体」ということになるだろう。「死体」は死んだ体であって、「遺体」は遺された体だ。死ぬのは単なる現象に過ぎない。しかし、遺すのは、この世にやむを得ず残した己の肉体だ。そして、やり残しの仕事だ。それらに対する死者の思いが「遺体」の「遺」には込められている。そして、遺族には、そうしたものを遺していったという遺族の思いが込められている。
そうした自然に湧き起こる「死者」への思いを断ち切り、その死が当然のことだったという態度、感情を前面に出すのではなく、葬儀や生前の後始末や死後の処理を滞りなく済ませるという、正確で迅速な事務能力を求められる立場の者は、「遺体」に向き合って心を動かすのは当然のことながら、「死体」をどうするかという現実に向き合って行動しなくてはならない。
さて、どのように埋葬したらよいものか。「死体」に間違いが起こらないようにするにはどうしたらよいか。誰の指示を仰げばよいのか。自分なりの判断をどの範囲でどのようにして行い、それを周知徹底し、滞りなく処理を進めていけば問題が起こらないか。もし問題が起こったときには、死体と相談することはできないので、どうすべきか。この死を誰に伝えるべきか、そして誰に伝えざるべきか。法律上問題が起きないようにするにはどうしたらよいか。遺族に問題が生じないようにするにはどうしたらよいか。遺書などが後から出てきて困らないように隈無く調べなくてはいけないが、もし出てきたらどうすべきか。等々、理詰めの判断を矢継ぎ早に行って、実際の行動に出なくてはならない。
「遺体」に向き合って感傷にひたる暇などないはずだ。そのとき、「死体」としての見方も同時にもち、つまり第三者的なものの見方も同時にもって、ある意味では事務的な思いも抱きつつ事を処していかねばならない。感情にまかせての行動もある程度は取りつつ、必要な行動を必要に応じて果たしていくということに対する思い、つまり抜かりなく、滞りなく、問題の発生をコントロールしながら始末をつけようとする強い気持ちが必要だ。
「五輪の塔」の近くに土葬しなくてはならないのだったか、「五輪の塔」の内部に遺骨の形で収めることができる造りになっていたのだったか、「五輪の塔」が単なる供養塔であったのなら、どこに「遺体」を土葬したり、火葬してどのお墓に入ってもらえばよいのか、入るお墓がなければ、新たに墓石を建立しなくてはならないのか、そうしたことは誰の許可を得たり、誰に申告したり、誰に立ち合ってもらえばよいのだろうか、さて費用はどのくらい必要なのだろうか。
ただ手を合わせていただけの「五輪の塔」が、内部構造の解明から、管理の問題から、手続きの問題から、さまざまな意味を纏いながら遺族、特に喪主に迫ってくる。材料の石以上に重みのある存在と立ちはだかってくるというわけだ。
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