変な疑問217「五輪の塔の不思議」⑮

 その他、遺体に対して、「忌むべきものと同じ思い」「恐怖すべきものと同じ思い」「滅ぼすべきものと同じ思い」等々を抱くのはどうしてか。
 それは、亡くなった人に対する、周囲の人々による、生前における大小の仕打ち、その蓄積に関係すると思われる。
 亡くなってしまったが最後、仲直りのチャンスも、誤解を解くチャンスも、真意を理解してもらえるチャンスも失われる。亡くなった人が仕打ちだと感じていたであろうと思われることが、生きている人の記憶の中でも固定されてしまうのだ。それら生前の諸々の負の思いが一体となって恨みの念として残ると考えられても不思議はない。
 記憶にとどめられている気になる言葉、最期の表情、そうした故人が遺したものが、恨みの念に関連して負の材料として解釈されることも十分にあるだろう。
 村八分が火事と葬式だけにはつきあうというのも、火事の場合は延焼して自分たちが被害を受けることを恐れてのこと、そして、葬式の場合は村八分の仕打ちが恨みの念となって祟り、自分たちに被害をもたらすようになるのを恐れてのことだろう。
 たとえその家族が火災や病気で死滅しても、その土地はその村に残ることになる。そして、その恨みの念がこもるであろう土地は、自分たちの土地とも接しているのだ。その地域に起こる悪い出来事は、そうした地域内の問題と結びつけられやすく、因縁づけられていく。こうしたことに今も昔もない。
 村八分であろうとなかろうと、とある人物の死後に起こる様々な不都合や事件や災害が、その人物の遺した恨みの念、つまり遺恨と結びつけられて解釈されることは、現代でも当たり前のようになされることだろう。
 こうした祟りや呪いと言われることは、気のせいに過ぎないことがほとんどなのだが、当然の人間心理として湧き起こるもので、その気持ち自体を否定することはできない。そこが恐ろしいところなのだ。
 人々にとって理不尽な災害などは、恨みの念と因果関係で結びつけたほうが、かえって理解しやすいものですらある。尚且つ、そのように解釈した以上、実効のあるなしは別として、それなりの対策もとりやすい。少なくとも気休めとはなるため、歴史の中で培われた方法が、各地方やしかるべき各団体に伝承されているはずだからだ。
 勿論、どんな伝統的な対策を採用したとしても、何の効果も得られないはずなのだが、不都合、事件、災害などは連続して起こり続けるものでもないから、その対応の成果で事が収まったと理解することは可能だ。
 これに対応の怠りも因果ありと関連づけていけば、最終的には対応の成果が実ったと解釈できることが偶然に起こるだけでなく、きちんと対応しなかったためにさらにひどいことになったと解釈されることも偶然に起こることになる。
 どちらにしても結局は、その伝統的な対策が評価されることになるわけだ。長い歴史の中では、さらに関係する逸話が雪だるま式に増えていき、なおももっともらしく伝承されていったに違いない。
 また、対応の効果があったと皆が認めることで、やはり原因があったからこその効果だという話になり、それが亡くなった人の恨みの存在を改めて信じる根拠ともなっていっただろう。
 こうして、何の罪も、何の効果も、何の恨みも宿しているはずのない「遺体」が、あらゆる理不尽なものをもたらす原因を宿しているものとしての存在に変化したと思われる。生きている者たちによって祭りあげられるわけだ。「死人に口なし」だ。なされるがまま、思い込まれるがまま、「うちは、そんなこと思ってまへんが・・・」、などとと反論することもできず、ひたすらに何か力を持ったものだと信じ込まれていくしかないのだ。
 このように、実質的には何の手の打ちようもないものに対してだからこそ、民間療法的なまじない、真面目くさった国家的な宗教的儀式、特殊能力者と認定されている人の「所作や音声を伴う法力」等々を、効果有りと信じてすがる人々の姿は昔の人は元より、現代人の中にも往々にしてある。
 葬式でも、お供物でも、蝋燭でも線香でも、そして読経でも、その効果有りと信じる心の奧に、結局こんなものは気休めでしかなかろうという本音が隠れていれば、そして亡くなった人と良好な関係でなかったとすれば、かえって「遺体」を恐ろしく感じるだろう。
 だからといって、身内、あるいは関係者であったがゆえに、その「遺体」を無碍にもできない。そうしたジレンマが、「ご遺体」に対して忌まわしい感じをもたせるのではないだろうか。
 玄関先に「忌中」と堂々と貼り紙をするのは、何かのお呪いのつもりかもしれないが、空き巣狙いの格好の餌食となるためのマークだとしか思われない。逆に、おとり捜査で使えないこともなさそうだけれど。
 ともかく、そうした「遺体」に対する恐怖感や忌避感を抱きながら、その「魂」の冥福を祈るという屈折した心の構造を維持継続するのは、精神的にかなりの重労働だ。
 そうなると、その負担の根本原因となる「遺体」は、一刻も早くというよりも、適切な場所、適切な時に、適切な方法で、適切な人が、適切な理由で処分し、それを適切な方法で周囲に伝えて認めさせ、事を解消して日常に戻る必要が出てくる。
 体裁が悪いからこのように表現するが、一言で語弊を恐れず表現すれば、「存在を滅する」つまり「遺体」を滅ぼす必要が出てくるのだ。「滅ぼすべきものと同じ思い」は、こうして他の様々な美しい思いと同居することになっていく。勿論、処分するまでの一時的なものではあるけれど。
 ここまで縷々述べてきた「仏と同じ思い」から「滅ぼすべきものと同じ思い」までの、さまざまな思いが、お通夜、葬式、火葬、納骨という手順にしたがって儀式を行い、できるだけ多くの関係者に来てもらえるように門戸を開けて公開する、一連の葬送行動の裏にはある。それは遺族が遺族として当然抱くものだと思う。
 「五輪の塔」は、処分した「遺体」、つまり人としての体裁を徹底的に消滅させた「遺体」の次の形態として見なした可能性もある。処理前、埋葬前の「遺体」が宿していた様々な念も、「遺体」が処理され、埋葬されたのと同時に、五種類の要素に分解され、解消してしまったと解釈するのだ。
 「遺体」の次の段階が「五輪の塔」というわけだ。「遺体」のままでは保存に困るという事もあろう。それは石という素材で不動の存在を表現しているとすれば、本人が蘇らないようにという願いがあるのかもしれない。
 それは、別の人として健全に生まれ直してほしいという願いと同じものであるかもしれない。健全な再生は、本人として蘇ることではなく、別の存在として新たな一生を送ることだろう。そのためには、既に一生を終えたはずの本人として再生するという過ち、即ち蘇りの過ちを犯さぬよう、本人の「遺体」とは厳然とした決別が必要だという考えがあってもおかしくはないだろう。
 その決別の象徴が「五輪の塔」というわけだ。自分の「遺体」は次の段階に進んでしまい、もう存在しないから、本人としては蘇れないという印だ。
 それは、「五輪の塔が示しているような五大に、もう分解されたのだよ」という、死者と遺族に対して「遺体」に未練を残すことがないようになされる宣告だ。言い換えれば、両者の諦めを促すための道具だ。
 「遺体」や「念」は、五大の要素にかえることで無害化する。そして、居場所のなくなった「魂」が昇天する。こうした考え方を確認するために「物」として、塔として建てたのが「五輪の塔」だったのではないだろうか。
 遺された者にとっては一種の無害化装置としての意味もあったかもしれない。死という禍々しいこと、遺体に宿った遺恨や未練などの念、そうした目に見えないもの、対応しきれないものを、清算した形で目に見えるものにし、供養するという具体的な行動で対応することが可能となった。つまり、供養を怠らなければ死にまつわる害が防げるという論理をはたらかせることができるようになったのだ。
 ただし、「念」については、うまく五大の要素にかえったかどうかを確認することが本当のところは難しい。
 目に見えるものが、目に見えなくなったら、それは何かに変化したことになる。五大にかえったと信じれば、それでよしだ。
 しかし、「念」のように、最初から目に見えないものについては、葬式、埋葬という一連の流れ通して正しく清算されたか、誰も確証が持てないのだ。そこで、継続的な供養の必要性が生まれてくる。「五輪の塔」は、「五大」となった以上、「さらに次の段階にいこうよ」と祈るための必需品であったことだろう。

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