恐怖シリーズ311「ヒト」

 「人間らしい」という言葉をプラスの意味で解釈するか、それともマイナスの意味で解釈するか。「あの人は実に人間らしい崇高な心をもった尊敬すべき人だ」「実に人間らしい失敗によって滅び去った」というように、少なくとも二通りの「人間らしい」がある。それは、二通りの「人間らしさ」によるものだ。また、その両方ともを含んだ等身大の人間という意味合いでの「人間らしい」の使い方も多いように思う。都合三種類だ。
 僕たち人間は、人間以外の動物よりも、より多面的だ。そして、多面的な分だけ魅力がある。そういう動物だ。そのために、悩んだり間違ったりして、最終的にはドラマが生まれる。そのドラマ性を秘めた存在という点でも人間は魅力があるのだと思う。このように人間は自分を自己評価して、少し得意になっているところがある。
 少し得意になっている人間とは別に、少し深く考える人間もいる。「我々は普通の動物とは一線を画する、知能の高い高等動物という意味なのか」、それとも「普通の動物よりも深い愛情や思いやりにあふれた、人間味のある高等動物という意味なのか」、それとも「神をも畏れぬ、おごり高ぶった動物という意味なのか」、それとも「普通の動物よりも不完全で愚かなという動物という意味なのか」、と常に考えさせられている。る存在だ。
 どちらにしてもはみ出し者、収まりきらない存在だ。でも、はみ出し者だから、どのようにはみ出していても、はみ出した分だけの魅力がある。賢かろうが、愚かしかろうが、規格外のものには魅力があふれているものだ。
 恐らくは、賢さの中の愚かさ、愚かさの中の賢さ、そうしたものを他人や自分が、他人や自分の中に発見する喜びが得られるとともに、「こうなんだけど、こんなところもあるんだよ」ということの集積、つまりはギャップの魅力の塊が、通常の人間が持っている賢さと愚かさの魅力の上に、さらに加わってくるからだろう。つまり、人間という生き物自体の魅力に、個人の魅力が加わるということだ。
 どの人間もおよそ賢く、およそ愚かだ。どの人間も人間である限り、人間の賢さと愚かさから逃れることはできない。そのどちらかに目をつぶれば、賢い人間と、愚かな人間に分けることもできようが、両目を開けてよく見れば、やはりどの人間も賢く愚かな人間に過ぎない。
 人間という変な動物は、他の動物と大きく異なる面が多い。この変であることが、この動物と比べて讃えられなければならないところだろう。もっとも、自画自賛するしかないのだが。
 この変なところが人間を人間として繁栄させてきたはずなのだ。少なくともこの星ではそうだった。だが、変であることによって繁栄したものは、変であることによって滅亡するのが筋だ。
 ヒトは恐ろしい。ヒトはヒト以上のものになろうとしている。ヒトは恐ろしい。やがて神以上のものになろうとして科学の発展に力を入れている。ヒトは恐ろしい。自滅するおそれがあってもものともせずに、好奇心を満たそうとしている。ヒトは恐ろしい。神そのものになれないときには、自然を守るという神の立場に立とうとしている。ヒトは恐ろしい。神が未来を予言しているように、ヒトもたくさんの予言をしている。ヒトは恐ろしい。神の予言を覆そうとしている。ヒトは恐ろしい。この一つの星で100億人が生活しようとしてる。ヒトは恐ろしい。こんな無茶苦茶な生き方を平然と肯定し、決して改めようとはしない。ヒトは恐ろしい。ばらばらに住まわせ、別々の言葉にし、仲違いさせて滅ぼそうと思っても、小賢しい知恵を使ってしぶとく生き延びようとする。ヒトは恐ろしい。ヒトがヒトでなくならねば、ヒトの恐ろしさを過去のものにできそうにない。ヒトは恐ろしい。ヒト以上のものになれないと悟ったヒトは、ヒト以上になれるヒトを尻目に、たやすい道のり、ヒト以下の存在に落ちぶれる道を歩もうとする。ヒトは恐ろしい。ヒト以下の存在に落ちぶれる道を歩もうとする者は、ヒト以上の存在になろうと懸命になっている者の足を引っ張ろうとする。ヒトは恐ろしい。その足を引っ張る行為を正義だと信じて疑わない。ヒトは恐ろしい。それでもみんなで仲良くやっていこうと頑張る。ヒトは恐ろしい。裏切るヒトも仲間だと考え、ともに倒れていく。ヒトは恐ろしい。ヒトはそれでも内心、先ずは神を目指す。ヒトは恐ろしい。神を目指しながら、神を超えるものの存在を信じる。ヒトは恐ろしい。そうした存在がなければ、ヒトが自らつくり上げようとする。
 どこまでもヒトは恐ろしい。携帯電話でテレパシー能力の一部を手にし、テレビ電話でテレポート能力の代替能力を手にした。ネット技術でテレキネシス能力の真似事をする力を手にし、3Dプリンターで物質移動の真似事をする能力を手にし、海外への工場移転で、疑似物質移動を実現した。レーダーや各種探知機や検査機器で千里眼の能力と透視能力を手にし、こと核爆弾では神の雷とは比較にならないほどの巨大な破壊力を手にするに至った。やがては各種の発生ガスをコンロールし、この星の温度を変更する力すら手にするだろう。そんなヒトに生まれたことを誇りに思う人もいれば、恐ろしく思う人もいる。
 しかし、そうした思いとは別に、ヒトとして粛々と人らしい道を探りながら歩いていけばよいだけだ。倒れようが、飛び跳ねようが、栄えようが滅びようが、それは構わない。所詮は「人間だもの」、どっちへ転ぼうが、それは「人間らしい」のだ。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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