変な疑問244「ちんぷんかんぷん」

 一般的には、「ちんぷんかんぷん」は、「ちんぷんかん」が元になっていて、儒学者の話す言葉が難しくて理解できないことから来ているらしいが、儒学者の話す音読みの発音を真似たものらしく、最後に「ぷん」を付けたのは、語呂が良いからということのようだ。これらの通説は、そのまま放置しておいてよいのだろうか。一体全体、「ちんぷんかんぷん」とは何だろう。
 この言葉が言われるようになったのは、中国人が長崎にしかいないときらしく、中国語の発音が元になっているというのは考えにくいということでもあるようだ。だから、「チンプトン、カンプトン」という、見ても聞いてもわからないという中国語を語源とするのは苦しいという人もいる。
 しかし、儒学者の音読みは中国語であったわけで、中国語の発音に近いはずだ。また、長崎にしか中国人がいなかったというのも、そうかもしれないが、中国語がわからないのは日本人であって、その日本人は主に商売や生活の中で中国人と直接に接したり、直接でなくともそばにいて彼らの言葉を実際に耳にしたりして、全くわからないという感想を持つレベルの普通の日本人がいたのは確実だろう。
 どんな言葉を話しているのかと、使用人や運送業者などの仲間に興味本位で聞かれることもあり、「チンだの、プンだの、なんたらかんたら言ってるよ。」と答えたとしたら、それは面白半分に急速に商売ルートで広がっていくだろうと思う。 
 現代中国語でも、日本人の耳につくのは「チン」と「プー」だ。「チン」につられて「プー」が「プン」なるなど、日本語にとっては朝飯前だ。「カン」も多いが、もしかすると「なんたらかんたら」のカンがくっついたのかもしれない。このように無理やり考えたのが案外真相だったりと考えると面白い。
 無理やりついでに、否定されている中国語の文で考えてみてもいいだろう。
 たとえば、「チンプンカン」の候補として「听不分」を考えてみてはどうだろう。中国語として成立すると思うが、「チンプフェン」なので、少し「チンプカン」とは音がずれるが、外国語を聞き慣れない日本人の耳では、例の英語風の上の歯と下唇で強く出す「f」で始まる「フェン」が、「カン」に聞こえた可能性もゼロではないだろう。また、「f」のような日本語にない発音は、適当に近い発音に置き換えて理解してしまうので、「カン」に聞こえた可能性もゼロではないだろう。
 「听不分」の意味は、「聞き分けられない」というような意味だから、中国語を難儀して聞き取る通訳が、決まり文句のように唱えていた可能性がないではないだろう。そのときの表情は、まさしく「ちんぷんかんぷん」の困り顔であったことだろう。それを見た、使用人や運送業者などが、「なるほど、さっぱりわからないことをチンプンカンといういうのだな。」と了解しても不思議ではないだろう。
 別の候補として、これは中国語として成立するはずだが、「听不見」を考えてみてはどうだろう。「チンプジィエン」となるから、これはより一層「チンプンカン」に近い感じがする。
 「听不見」の意味は、聞き取れないというような感じだから。これも状況は、先ほどと同じで、中国語を難儀して聞き取る通訳が、決まり文句のように「听不見」と困り顔で何度も繰り返し言ってもらうようにお願いしている場面を見ている使用人や運送業者などが思う浮かぶ。やはり、「なるほど、さっぱりわからないことをチンプンカンといういうのだな。」と了解しても不思議ではないだろう。
 使用人は商売人と一緒に国内を移動する。運送業者ならなおのことあちらこちらへ移動する。言葉は長崎から国内中に口伝えで広がっていき定着するというわけだ。かれらは知識人ではないから、聞いたままを聞いたように、そして感じたように日本語の発音に平気で変換していく。文字を介せず、口伝えだから変形もしていくだろう。最終的に「ちんぷんかんぷん」になっても不思議はないように思うのだが、どうだろう。
 しかし、儒学者の話という場合はどうだろう。一般の日本人にとっては、駄洒落ではないが、「珍文漢文」だったことだろう。儒学の講義をしているときに、わけが分からない学生が、よそ見していたとする。すると中国通の先生が中国風に「听!不看!」と言ったか、「請、不看!」といったかわからないが、それが中国語として成立するなら、意味は「(話を)聞けよ。(外など)見ないで!」とか、「(外など)見ないで!(こちらを見なさい)」などとなるだろう。発音は「チンプカン」だから、そのまま「ちんぷんかん」だ。叱るときは短い単語が有効だから、中国語として成立していなくても、単発の叫びであると考えて、これも有りとしてくれれば、何かぴったり当てはまるような気もしないではない。
 難しい儒学の話は、聞いても分からないからよそ見をして叱られたという場面だ。学生からしたら、何度も注意され、「チンプンカンな話だ」ということになるわけだ。
 語源を調べて、「へええ」といっているだけでは、あまりに面白くないし、死んだ知識になりそうなので、適当に想像してみる練習をしてみたが、それなりに話として目鼻がつきそうなので、一応駄洒落的な解釈としておこう。まあ、話の種が創作できればよいのだ。

どこにいるの? について

「がんばったら疲れる。疲れたら休む。休んだらがんばる。」ということにしておこう。
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