1970年発行「夢野久作全集7」(夢野久作・三一書房)に収録されている「創作人物の名前について」という文章がある。
どの文章や作品を読んでも面白いのだが、この文章の中に、「名前は忘れたが露西亜の或る作家は、作中の人物の名前に相応しいのが見当たらないために一日中モスコーの町中の表札を覗きまわって、足が棒だか棒が足だかわからなくなったという。そうしてヤットの思いで気に入った名前を発見した時のその作家の喜びようといったら、それこそ歓天喜天、手の舞い足の踏むところを知らなかったという。」という一節がある。
その終わり辺りに「歓天喜天」とあるが、腑に落ちない。これは夢野久作一流の創作表現であるのかもしれないが、そのような気配は文脈からは感じられない。
通常なら、「歓天喜地」であるべきところだ。それを「歓天喜天」にすると、どのような効果があるのだろうか。
「歓天喜地」を素直に表現し、たとえば「歓喜天地」とする。すると、「歓喜すること天地」という感じで、「天を仰いで喜んだり、地に向かって喜んだりするように、非常に喜ぶこと。」という意味合いで、身体が大きく動くほどに喜んでいる感じがする。
ところが、「歓天喜天」とすると、なぜか天を仰いで喜んでいるだけとなって、大きな喜びが表現できていないように感じる。並べ替えても「歓喜天天」となり、何か四字熟語としてのバランスがよろしくないように思う。
この一節の文脈から考えても、非常に大きな喜びをこの四字熟語で表現しなければならなかったはずだ。
だが、少し見方を変えてみるに、「歓天喜天」の場合は、ずっと天を仰いでいるかに感じるので、非常に大きな喜びというよりも、天を仰いだまま歓喜のあまり放心状態になっているという感じを受ける。
すると、「歓天喜地」よりも「歓天喜天」のほうが、より極上の喜びを表現し得ているようにも思われてくる。
ただ、特異な世界を表現するような作品内ではなく、常識的な文章、エッセイ的な文章の中で使用されている四字熟語なので、常識的な表現としての「歓天喜地」を原稿に使ったところ、誤植で「歓天喜天」とされてしまったものか、原稿の段階で「歓天喜天」と誤って書いてしまったものを、そのまま活字にしてしまったかという疑いもある。
ちなみに、電子書籍の青空文庫の「創作人物の名前について」は、1992年発行「夢野久作全集11」(夢野久作、筑摩書房)に収録されているものを底本として入力されていた。やはり「歓天喜天」となっている。
青空文庫は無料であるため、より多くの人々に読まれるであろう。だとすれば、日常生活ではほぼ使用されない「歓天喜地」の誤った形の「歓天喜天」、もしくは作者が敢えて「歓天喜天」としたものを、そのまま「歓天喜天」と入力したままにしておくのは好ましくはないだろう。
ほぼ日常生活で使用しない四字熟語であるため、そして読めば意味がなまじわかるだけに、本家の「歓天喜地」に辿り着くことなく、了解されてしまうおそれがある。これは非常にまずいことだと思う。
だが、三一書房の全集でも、筑摩書房の全集でも「歓天喜天」となっていることから考えると、やはり誤植ではなく、夢野久作一流の創作四字熟語、しかも全くの創作ではなく、一部手を加えた四字熟語というきわどいもの、または実際にごく稀に使用例があるというもの、という可能性を考えなくてはならなくなりそうだ。
したがって、ここは底本を尊重し、青空文庫は「歓天喜天(ママ)」というような、普通は違うけど、原文を尊重してそのまま活字にしましたという(ママ)を差し入れておくのがよいだろう。
そうすれば、小中学生も「あれ、歓天喜天の元の形は何だろう?」と思って調べるに違いない。そうしなければ、「歓天喜天」が一般的な四字熟語だと学習してしまうだろう。そして、見れば意味が通じるから、確かめないのだ。
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